青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
坂本ケーブル乗場 さかもとけーぶるのりば
所在地:大津市坂本四丁目
開設年月日:1970(昭和45)年から1976(昭和51)年の間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:延暦寺学園比叡山高等学校・比叡山幼稚園 比叡山鉄道ケーブル坂本駅 叡山学院・叡山学院寮 比叡山文化研究所 天台宗務庁(天台宗典編纂所) 比叡山高校山家寮 琵琶湖病院精神衛生研究所
キロ程:琵琶湖病院前から0.3キロ




ケーブル坂本駅の真ん前にある、「ケーブル坂本駅」バス停とは別にその入口に当たるところにこのバス停がありました。

↓ここも匿名希望様の写真がありました。

坂本ケーブル乗場

これは京阪坂本方面のバス停です。

↓できるだけ同じアングルになるように撮影しました。

[坂本ケーブル乗場【大津市内総合線 大津北地区以北28】]の続きを読む
日吉大社前 ひよしたいしゃまえ
所在地:(東行き)大津市坂本五丁目
    (西行き)大津市坂本四丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)2006(平成18)年7月1日
付近:日吉大社(山王総本宮日吉大社) 延暦寺学園比叡山中学校 旧竹林院
キロ程:坂本ケーブル乗場から


日吉大社前 【京都今津線 支線5-1】及び、日吉大社前 【京都今津線 支線5-2】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、京阪坂本駅前です。
京阪坂本駅前 けいはんさかもとえきまえ
所在地:(東行き)大津市坂本六丁目
    (西行き)大津市坂本四丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:京阪坂本駅 坂本市民センター(大津市役所坂本支所・大津市立坂本公民館) 大津市立坂本幼稚園 生源寺 金臺院 大津市立坂本小学校 大津坂本本町郵便局
キロ程:


京阪坂本駅前 【京都今津線 支線4‐1】及び、京阪坂本駅前 【京都今津線 支線4-2】を以て本記事に読み替えますのでご参照下さい。

次は、比叡山坂本駅(叡山駅) 終点【大津市内総合線】/江若日吉駅【京都今津線】です。

※本シリーズとしては、次回は比叡山坂本駅(叡山駅)に進みます。
琵琶湖病院前 びわこびょういんまえ
所在地:大津市坂本一丁目
開設年月日:1970(昭和45)年以降1976(昭和51)年までの間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:医療法人明和会琵琶湖病院




「琵琶湖病院」は医療法人明和会が運営する精神科を主体とする病院で、診療所だった時代を含めると約60年の歴史があるようです。1993(平成5)年に全国で初めて、耳鼻咽喉科ではなく精神科から聴覚障害にアプローチする「聴覚障害外来」が設けられたことで知られ、聴覚障害者が安心して精神科、心療内科などの診療を受けられるように今も努力がなされているということです。

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現在は病院専用の送迎バスが、比叡山坂本駅、京阪坂本駅を結んでいますが、京阪バスの浜大津・石山駅方面のバス停は門のすぐ脇にありました↓

[琵琶湖病院前【大津市内総合線 大津北地区以北他27】]の続きを読む
野添 のぞえ
所在地:大津市坂本一丁目
開設年月日:1970(昭和45)年以降1976(昭和51)年までの間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:有料老人ホームハーネスト唐崎




現行の行政地名としては存在しませんが、『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』の「小字一覧」に「坂本村」の小字として記載があります(P1054)。現在も、登記上は用いられているようで、付近の工事の看板に記載がありました↓

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地味なバス停ですが、京阪電車の松ノ馬場駅からも穴太駅からも中途半端に遠くて、この沿線では屈指の乗降客の多い停留所だったようです。

ここは、匿名希望様が北行きと南行き各1枚計2枚の写真を撮影されていました。

[野添【大津市内総合線 大津北地区以北他26】]の続きを読む
前回に続き、穴太です。

↓前回冒頭でUPした写真ですが、匿名希望様がバス停があった当時撮影されたものです。

穴太

↓できるだけ同じアングルになるように撮影しました。坂本方面です。
[穴太 【大津市内総合線 大津北地区以北他25-2】]の続きを読む
穴太

穴太 あのう
所在地:(北行き)大津市穴太三丁目
    (南行き)大津市穴太二丁目
開設年月日:1970(昭和45)年から1976(昭和51)年の間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:京阪石山坂本線穴太駅 財団法人泉会びわこ老人の家 
キロ程:滋賀里から0.9キロ


滋賀里からは、間にもう1つバス停があってもおかしくない0.9キロもの距離があります。そもそも道路自体がごく新しく、路線が開設されたばかりの頃は宅地開発も進んでいなかったのでしょう。電車の駅と駅の間も距離があり、客の取りこぼしがもったいないです。



「付近」として京阪穴太駅↓を挙げましたが、少し離れていて、今バス路線が復活したとしても十分棲み分けができるだろうと思われます。

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日本書紀の中では「穴穂」、延喜式では「穴多」などと書かれるほか「穴尾」「穴生」などとも書かれる古い地名ですが、現在は「穴太」で統一されています。古代律令制のもとでは、馬5疋(ひき あえて「頭」でなくこう数えるようです)だけの小規模な「穴太駅」という宿駅だったそうです。
[穴太 【大津市内総合線 大津北地区以北他25-1】]の続きを読む
唐崎駅 からさきえき
所在地:大津市唐崎二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:JR唐崎駅 大津市営唐崎駅前団地 全国市町村国際文化研修所 大津市立唐崎中学校 唐崎市民センター(大津市役所唐崎支所・大津市立唐崎公民館)
 



終点、唐崎駅に着きました。

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湖西線開通当時の鉄建公団の幹部が、これほど遺跡が多いところに鉄道を敷くのは初めて、というほどの遺跡地帯だったそうです(1974(昭和49)年4月20日付滋賀日日新聞)。

現在はJR西日本の子会社が委託管理する有人駅ですが、長らく旧志賀町以外の大津市内のJR駅で唯一「みどりの窓口」が設けられていなかったばかりか、開通当初は無人駅にする計画で、地元住民が反発していました。

「最近の住宅化の進み具合からみても、将来は西大津駅よりも、唐崎駅の方が必ず乗降客は増加する。国鉄の見通しは甘い」(1974(昭和49)年4月20日付滋賀日日新聞)

湖西線開通から40年を経た現在、大津京駅の利用者数は9,000人余り、唐崎駅は3,500人程度。
憤慨していたという地元住民の見通しは……?

ただ、それでも開通当初は有人駅として採算が取れるとされていた800人を下回ると予想されていたことを思えば大きな伸びです。
[唐崎駅【大津市内総合線 大津北地区以北他24】]の続きを読む
西唐崎 にしからさき
所在地:大津市唐崎三丁目
開設年月日:
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:ハッピーテラダ大津唐崎店 大津唐崎郵便局




滋賀里からの延長区間の中で唯一の途中停留所です。
地味な影の薄いバス停でしたが、ここは運行最終日、バス停がある状況で撮影した写真が2枚残っていました。

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私が行った時が最終日だったから、ということもあるのかもしれませんが、朝晩しか運行がないにもかかわらず、それなりに利用するひとがいることに驚きました。

ご覧頂くと分かるように、ここは本数が少ないのに、浜大津方面はしっかりしたバスポケットがありました。

↓できるだけ同じようなアングルになるようにして撮影しました。
[西唐崎【大津市内総合線 大津北地区以北他23】]の続きを読む
付近にあった水耕農場前駅の話からですね。

踏切の北東の京阪電鉄の資材置き場↓

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ここが跡地として可能性が高いようですが、坂本方面は石山駅行きのバス停があった辺りという説が有力ではなかろうかと思います↓

[滋賀里【大津市内総合線 大津北地区以北他22-2】]の続きを読む