青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
唐崎駅 からさきえき
所在地:大津市唐崎二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:JR唐崎駅 大津市営唐崎駅前団地 全国市町村国際文化研修所 大津市立唐崎中学校 唐崎市民センター(大津市役所唐崎支所・大津市立唐崎公民館)
 



終点、唐崎駅に着きました。

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湖西線開通当時の鉄建公団の幹部が、これほど遺跡が多いところに鉄道を敷くのは初めて、というほどの遺跡地帯だったそうです(1974(昭和49)年4月20日付滋賀日日新聞)。

現在はJR西日本の子会社が委託管理する有人駅ですが、長らく旧志賀町以外の大津市内のJR駅で唯一「みどりの窓口」が設けられていなかったばかりか、開通当初は無人駅にする計画で、地元住民が反発していました。

「最近の住宅化の進み具合からみても、将来は西大津駅よりも、唐崎駅の方が必ず乗降客は増加する。国鉄の見通しは甘い」(1974(昭和49)年4月20日付滋賀日日新聞)

湖西線開通から40年を経た現在、大津京駅の利用者数は9,000人余り、唐崎駅は3,500人程度。
憤慨していたという地元住民の見通しは……?

ただ、それでも開通当初は有人駅として採算が取れるとされていた800人を下回ると予想されていたことを思えば大きな伸びです。
[唐崎駅【大津市内総合線 大津北地区以北他24】]の続きを読む
西唐崎 にしからさき
所在地:大津市唐崎三丁目
開設年月日:
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:ハッピーテラダ大津唐崎店 大津唐崎郵便局




滋賀里からの延長区間の中で唯一の途中停留所です。
地味な影の薄いバス停でしたが、ここは運行最終日、バス停がある状況で撮影した写真が2枚残っていました。

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私が行った時が最終日だったから、ということもあるのかもしれませんが、朝晩しか運行がないにもかかわらず、それなりに利用するひとがいることに驚きました。

ご覧頂くと分かるように、ここは本数が少ないのに、浜大津方面はしっかりしたバスポケットがありました。

↓できるだけ同じようなアングルになるようにして撮影しました。
[西唐崎【大津市内総合線 大津北地区以北他23】]の続きを読む
付近にあった水耕農場前駅の話からですね。

踏切の北東の京阪電鉄の資材置き場↓

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ここが跡地として可能性が高いようですが、坂本方面は石山駅行きのバス停があった辺りという説が有力ではなかろうかと思います↓

[滋賀里【大津市内総合線 大津北地区以北他22-2】]の続きを読む
京阪滋賀里駅を出て、次の滋賀里に向かって歩いていくと…

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うわー!遮断棒がない!京阪電車ほどの運転頻度で、まだこんな踏切があるんですね。分類上は「第3種踏切」というようです。石山坂本線には合計4か所あるようですが、奥の新しい宅地には小さな子どもがいそうで怖いですね。いや、遮断棒があっても怖いですが。

そんなことを考えながら歩くと、滋賀里バス停跡に着きます。

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滋賀里 しがさと
所在地:(比叡山坂本駅・唐崎駅方面)大津市滋賀里二丁目 (浜大津方面)大津市滋賀里四丁目
開設年月日:1957(昭和32)年年8月1日
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:滋賀里簡易郵便局
キロ程:




『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』(1979)によると、明治12から22年まで「赤塚村」と「見世村」が合併して「滋賀里村」と呼ばれるようになり、その後「滋賀村大字滋賀里」に、1922(昭和7)年大津市との合併により「大津市滋賀里町」になったということです。今は「赤塚」などという地名は残っておらず、「見世」はあまり有名ではありませんが、ちゃんと行政地名として残っています。

町名の由来は残念ながらよく分かりませんが、縄文時代や弥生時代の遺跡が残っているというのがすごいです。大変古い時代から開けていたのでしょう。

↓冒頭の写真は、私が撮影したものですが、匿名希望様もバス停があった時にここを撮影されていました。
[滋賀里【大津市内総合線 大津北地区以北他22-1】]の続きを読む
京阪滋賀里駅前 けいはんしがさとえきまえ
所在地:(坂本方面)大津市滋賀里一丁目 (浜大津方面)大津市見世二丁目
開設年月日:1957(昭和32)年8月1日?
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:京阪滋賀里駅
キロ程:郵便局前から0.8キロ 




大津線の駅では数少ない、「京阪○○駅」式のバス停がある駅でした。
他には「京阪坂本駅前」があるだけで、石山寺は「京阪石山寺」です。

思えば京阪南滋賀からまるまる1駅分です。京阪石山寺と唐橋前の間と同じですね。

ここも、匿名希望様が浜大津・石山駅方面のバス停があった時の写真を撮影されていました。

京阪滋賀里駅前

あまり余裕がある土地とは言えませんが、それでもベンチが据えられていたことが分かります。
[京阪滋賀里駅前【大津市内総合線 大津北地区以北他21】]の続きを読む
前回に続き、「郵便局前」です。

↓付近の地名は「南志賀」。住居表示制施行前の「南志賀町」の町名が消されています。

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↓概ね、京阪電車の線路より山側は宅地造成規制区域で、この掲示が立っていた滋賀市民センターそのものも、規制区域内です。公的機関がいいのかな、とも思うのですが…。
[郵便局前【大津市内総合線 大津北地区以北他20-2】]の続きを読む
郵便局前 ゆうびんきょくまえ
所在地:(北行き)大津市南志賀二丁目
    (南行き)大津市南志賀三丁目
開設年月日:1957(昭和32)年8月1日以降1964(昭和39)年1月6日までの間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:京阪南滋賀駅 大津南志賀郵便局 滋賀市民センター(大津市役所滋賀支所・大津市立滋賀公民館)
キロ程:神宮住宅前から0.4キロ




京阪南滋賀駅前にあったバス停は「郵便局前」。京都大学鉄道研究会雑誌№27「京阪大津線」(1996)でも、

駅前のバス停は、郵便局前となっているが、小さな特定郵便局にすぎず、なぜそのようなバス停名になったのか不思議である。(P31)



と書かれています。
「郵便局前」と名付けられたバス停が先にあって、後から南滋賀駅ができたのならともかく、同駅は1927(昭和2)年5月15日の三井寺-松ノ馬場間の開業時にできた駅である一方で、バスはそれより30年も後の、1957(昭和32)年8月1日の開通であることがほぼ間違いないので、その考えは成り立ちません。

他に目印がないならともかく、駅のまん前、しかも自社系列なのだから「京阪南滋賀駅」などの停留所名にするのがふつうでしょうに、「南滋賀」という立派な地名ですらなく、確かに不思議です。

↓因みに、こちらが「郵便局前」の郵便局、「大津南志賀郵便局」です。
[郵便局前【大津市内総合線 大津北地区以北他20-1】]の続きを読む
神宮住宅前 じんぐうじゅうたくまえ
所在地:(北行き)大津市神宮町
    (南行き)大津市柳川一丁目
開設年月日:?
廃止年月日:2008(平成20)年7月1日
付近:大津市営神宮団地
キロ程:近江神宮前から0.1キロ




近江神宮前との距離が短く、影が薄かった「神宮住宅前」。
「神宮住宅」というのが何なのか、バスに乗っているだけでは分からないので、私も「取材」の時初めて分かったのですが、バス通りから少し奥に入ると、由来になったと思われる、「大津市営神宮団地」があります↓

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↓気になる不思議なスペース。
[神宮住宅前【大津市内総合線 大津北地区以北他19】]の続きを読む
琵琶湖ホテル びわこほてる
所在地:大津市柳ケ崎
開設年月日:1967(昭和42)年8月18日
廃止年月日:
付近:びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル) 柳ケ崎浄水場
キロ程:




大津北地区の終点の雄ともいうべきびわこホテルに着きました。

1967(昭和42)年8月18日、柳ケ崎から延長する形で開通しました。歴史は浅いですが、それでも湖西線の開通よりはだいぶ古い話です。

そのせいかどうか、西大津駅よりもこちらを発着するバスの方が多かったように思います。同じ京阪系の会社で、何かと話が通しやすく好都合だったのかもしれません。

↓「びわ湖大津館」となった旧琵琶湖ホテル。

びわこ大津館

中で旧琵琶湖ホテル時代の写真なども展示されているようです。奥にイングリッシュガーデンなどもあるようです。

↓玄関脇にバス停があったはずなのですが、現在は何の痕跡も残っていません。
[びわこホテル【大津市内総合線 大津北地区以北他18】]の続きを読む
柳ケ崎 やながさき
所在地:(びわこホテル方面西側乗場)大津市二本松 (びわこホテル方面東側乗場)大津市柳ケ崎 (近江神宮前方面)大津市松山町
開設年月日:不明
廃止年月日:
付近:旧大津びわこ競輪場 (現在ないもの)汽船バス株式会社柳ケ崎車庫 汽船タクシー本社 
キロ程:二本松から  キロ


ここでは、京都今津線としての柳ケ崎では取り上げられなかった、「神宮道」上の乗場について書いていきます。



↓神宮道の道標

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比較的新しそうです。
堅田はともかく、「大津」や「浜大津」、或いは「京都」でもなく、「石山」と書いてあるのが不思議です。

↓「神宮道」というとどうしても京都の平安神宮の「神宮道」をイメージしてしまいますが、ここも近江神宮に続く立派な神宮道です。
[柳ケ崎【大津市内総合線 大津北地区以北他17】]の続きを読む