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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
横川 よかわ
所在地:大津市坂本本町
開設年月日:
付近:比叡山延暦寺(横川中堂他)
キロ程:峰道から2.9キロ


延暦寺の中でも最も北に位置し、かなり離れている横川です。現在はここまで来た全てのバスが終点です。かつてはここから仰木を経て堅田に行く便が存在しました。



円仁が天長年間に修行した場所で、横川中堂は850(嘉祥3)年に開創しましたが、1942(昭和17)年に落雷で焼失、現在の建物は1971(昭和46)年に建てられたものです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P150他)。

バス停は境内入口の駐車場内にあり、広々としたところでターンできます。
というか、比叡山内は無動寺以外全てのバス停で物理的に簡単に折り返しが可能という、実に恵まれた条件が整っています。実際、西塔と峰道以外の全てのバス停について、各種資料から、定期・不定期に折り返しの便がある(あった)ことが分かっています。

夢見が丘はないだろう、と思うなかれ、夢見が丘が起点(終点)となる6A号経路というのは存在しました。

↓バス停

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↓停車するB-1210
[横川【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集19】]の続きを読む
峰道(大師像前) みねみち(だいしぞうまえ)
所在地:大津市坂本本町
開設年月日:
付近:峰道レストラン
キロ程:西塔から1.4キロ
 

峰道は、比叡山ドライブウェイ・奥比叡ドライブウェイの中で唯一のサービスエリア的なスペースです。
延暦寺バスセンター前の売店でも昼食をとれる場所はありますが、売店が幅を利かせていて、延暦寺の中心ということもあってひとが多く落ち着かない感じで、かといってロテル・ド・比叡や延暦寺会館は高級過ぎるので、普通にものを食べられるのはやはりここかと思います。



「峰道」とはだてにつけられた名前ではなく、西塔から横川に向かう尾根道が、昔からそのように呼ばれており、西塔と横川の中間点のこの場所にぴったりのネーミングです。

いつのころからか、駐車場北側の伝教大師像に因んで、「大師像前」という副停留所名がつけられています。

↓大師像をバックに停車するB-1208の臨時便。

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↓B-1212の横川行きがやってきました。
[峰道【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集18】]の続きを読む
バス停から釈迦堂に向かう途中、特徴的な建物が見えてきます↓

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↓にない堂です。
[西塔【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集17-2】]の続きを読む
西塔(釈迦堂) さいとう(しゃかどう)
所在地:大津市坂本本町
開設年月日:
改称年月日:不明 旧名 釈迦堂
キロ程:延暦寺バスセンターから0.9キロ
付近:比叡山延暦寺(西塔)


延暦寺バスセンターを出たバスは一路北へ向かいます。

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東塔から西塔へは、歩ける道も整備されていて、途中の歩道橋から撮りました。

北なのに、なぜ西塔なのかと思って地図を見ると、確かに東塔より経度としてはかなり西にずれています。真っ直ぐに北に向かうのでなく、北西の位置関係です。



↓本線から分岐して西塔につながる「インターチェンジ」の特に南側は道が狭いのに一方通行ではないので、結構ドキドキです。

[西塔【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集17-1】]の続きを読む
今回はバス停の周辺や景観を中心に取り上げます。

1959(昭和34)年2月20日付の「伸びゆく大津」掲載の「市民文芸」欄に、その前年開通したばかりの比叡山ドライブウェーを早速詠み込んだ一首を見つけました。

一切の批判消えたりドライブウェーびわの湖面をわがみおろすとき

五句目の「わがみおろす」の取り方で悩みました。たいてい「わが」という時は「わが故郷」というように、「が」はついていても主格ではなく「私の」の意味です。ただ、「わ」だけで「我」「私」の意味があるので、ここは主格の格助詞と取ってもいいでしょうし、そうでないと意味が通らないことになります。何なら「われ見下ろすとき」でも意味は通じます。

一瞬、二句目の「消えたり」「消えたる」と完了の助動詞《たり》の連体形にしたくなりますが、意味を考えるとやっぱり「消えたり」でしょう。この歌は二句切れかつ一種の倒置表現なのです。口語訳すると次のような感じだと思います。

「全ての(自分の中にあった)批判が消えてしまった。ドライブウェーで琵琶湖の水面を見下ろした時に」

連体形にすると、「ドライブウェー」という名詞(体言)を修飾する関係になる――学校を離れると忘れてしまいますが、だから「体言に連なる」で「連体形」――ので、口語訳すると「批判が消えたドライブウェーで琵琶湖の水面を…」となり、意味が分かりません。

景色を描写したことばは、強いて言うなら「びわの湖面」だけですが、「こんなものを作りおってからに……」というもやもやした気持ちが正に、雲が霽(は)れるように消え去ったのだ、というだけで、細かい描写はなくてももう作者の見た景色がどれほど素晴らしかったのかということが伝わるのです。そして、一体それがどんなだろうか?と想像させるのです。

また、「一切」「批判」など、和歌にはなじみにくい固い音がする漢語、それもキツく聞こえるイ段の音を敢えて重ねて、下の句の方は大和ことばを中心に据えて柔らかい感じにしているところでも、本当にもやもやが消えたのだなと感じさせますね。

…こんな選者みたいな大層なことを言っても、自分では短歌や俳句は全く作れないのですが(汗

↓バス停近くの展望所からの眺め。

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中央の少し右寄りがロテル・ド・比叡、その向こうに広がる住宅地が比叡平です。これらはドライブウェー開通当初は存在しませんでした。そしてもちろん、左端に広がっているのは琵琶湖です。

↓こちらはどちらかというと京都側を望んでいます。
[比叡山頂【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集16-2】]の続きを読む

京都にゐては、比叡は常に絕えざる伴侶といふ氣がせずにはゐられなかつた。その特色ある山の姿は、橋の上から、旅舎の欄干から、寺の御堂から、電車の停留場から、郊外の垣に添つた道から、常にはつきりと打仰がれた。
(田山花袋「比叡山」『京阪一日の行樂』P600)



比叡山頂 ひえいさんちょう
所在地:京都市左京区修学院尺羅ヶ谷四明ヶ嶽(しゃくらがたにしめがたけ)
開設年月日:
付近:ガーデンミュージアム比叡 叡山ロープウェイ比叡山頂駅 大比叡山頂
キロ程:東塔から1.8キロ


標高約800m、比叡山の主峰・大比叡も間近に見える、比叡山頂まで登ってきました。住所は京都市で、地名にも入っている四明ヶ嶽も比叡山の主だった山の一つで、かつて「比叡山頂」のバス停は「四明嶽」とされていました。ただ、同時期以前の京都比叡山線のバスの写真の行き先表示は「7 比叡山」と書かれています。
京都側からは「比叡山」、大津側からは「四明嶽」、という「法則」だったのか、時期が違うのか、よく分かりません。



古事記には既に「日枝山」として記載があり、天智天皇の時代に奈良の三輪山から大物主神が勧請されてからは、そちらを大比叡神、こちらを小比叡神と呼んだようで、これが「比叡山」という呼び名の始まりのようです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P580)。
つまり、延暦寺創建以前から神聖な山としてあがめられていたのでしょう。

地形的には地塁山地と呼ばれる断層地形で、普通に見ているだけではよく分かりませんが、実は二つの稜線が並行して続いています。

バス停やガーデンズミュージアム比叡がある辺りは、比較的広い面積が平たくなっています。もちろん、ある程度ひとの手も入っていると思いますがもともとは、高校で地理を選択していたひとならご存知の、一種の隆起準平原で、もっと高かった山が侵食されて平らにならされた地形です。

バス停に着くB-1233↓
[比叡山頂【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集16-1】]の続きを読む

中堂の前まで行くには草履では行けそうもないので、三人はすぐ広場の端に立って下を見降ろした。早春の平野に包まれた湖が太陽に輝きながら、眼下に広広と横よこたわっていた。
「まア大きいわね。わたし、琵琶湖ってこんなに大きいもんだとは思わなかったわ。まア、まア」と千枝子は云った。
 定雄も久しく見なかった琵琶湖を眺めていたが、少年期にここから見た琵琶湖よりも、色彩が淡く衰えているように感じられた。殊に一目でそれと知れた唐崎の松も、今は全く枯れ果ててどこが唐崎だか分らなかった。しかし、京都の近郊として一山を開くには、いかにもここは理想的な地だと思った。ただ難点はあまりにここは理想的でありすぎた。もしこういう場所を占有したなら、周囲から集る羨望嫉視(せんぼうしっし)の鎮まる時機がないのである。
(横光利一『比叡』)



東塔 とうとう
所在地:大津市坂本本町
開設年月日:
付近:比叡山延暦寺(東塔)
キロ程:延暦寺バスセンターから0.2キロ




東塔は比叡山延暦寺の中心ですが、バス停としての「東塔」は、比叡山ケーブルとの乗り換え用の停留所という意味合いが強く、運行上の拠点はもう1つ北の延暦寺バスセンターであり、延暦寺根本中堂を参拝する時も、そちらの方がメインの入口に近く、土産物店などもあって遥かに賑わっています。

↓バス停から東塔やケーブル延暦寺駅に行くためには、この長い階段を下りなければなりません。
[東塔【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集15】]の続きを読む
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ここからはいよいよ比叡山延暦寺へと入って行きます。

日本人で知らないひとはほとんどいないであろう延暦寺は、天台宗総本山で、最澄(伝教大師)が延暦4年に開いた小さなお堂がその始まりとされています。「延暦寺」という名前は、延暦時代に開かれたことに由来しますが、最初は比叡山寺一乗止観院と言って、最澄が入寂(死去)してから延暦寺となりました。
円証が西塔を、円仁が横川を開いて、最も古い東堂と合わせて、延暦寺の「三塔」と言われます。

↓大講堂
[延暦寺バスセンター【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集14-3】]の続きを読む
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引き続き延暦寺バスセンターです。
上の写真は確か横川方面から来た時の運賃表です。消費税5%から8%への増税前で、現在は横川から660円になっています。

↓滑り込むB-1940

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2017(平成29)年11月23日、恐らく廃車を目前に控えた最後の走りです。

↓なかなか見られない「ロテル・ド・比叡」止まりのシャトルバス。
[延暦寺バスセンター【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集14-2】]の続きを読む
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東塔バス停前を通過して(比叡山頂始発のシャトルバスは東塔に停車してから)トンネルを抜けると、延暦寺バスセンターです。

延暦寺バスセンター えんりゃくじばすセンター
所在地:大津市坂本本町
開設年月日
付近:比叡山延暦寺(東堂・大講堂など) 比叡山国宝殿 延暦寺会館
キロ程:無動寺から0.5キロ


比叡山の交通の中心・延暦寺バスセンターは、かつて「大講堂」という停留所名でした。
もともとは「東塔」バス停が「延暦寺」でしたが、平成初期からシャトルバスの運行が始まると、こちらが乗り継ぎの拠点となり、中心的な扱いを受けるようになったようです。



無料駐車場の一角なので「ターミナル」というにふさわしい広さで、休憩所、食堂、土産物の販売店、一番大きな拝観入口もあります。

↓バス停全景です。
[延暦寺バスセンター【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集14-1】]の続きを読む