青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
競艇場前 きょうていじょうまえ
所在地:(北行き)大津市尾花川 (南行き)大津市観音寺
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)2011(平成23)年3月19日
付近:びわこ競艇場 尾花川警察官舎 尾花川公園 好和会みつばち保育園
キロ程:三保ヶ崎から0.5キロ


競艇場前/尾花川【京都今津線71-1】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、尾花川【大津比叡平線他】/ホテル紅葉館【京都今津線他】です。

※本シリーズとしては次回は尾花川に進みます。
三保ヶ崎 みほがさき
所在地:(堅田・近江今津方面)大津市浜大津四丁目
    (浜大津方面、大津市内総合線市役所前・滋賀里方面)大津市浜大津三丁目
開設年月日:不明
付近:京阪三井寺駅 大津観音寺郵便局
キロ程:浜大津から0.5キロ


三保ヶ崎【京都今津線72-1】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、大門【大津市内総合線】/競艇場前【京都今津線・大津比叡平線・大津市内総合線他】です。
本シリーズとしては競艇場前に進みます。
6年前の昨日、2011(平成23)年3月19日大津比叡平線のうち、大津京駅-浜大津間が廃止されました(最終運行日18日)。早いものです。
ごく短い距離である上、三保ヶ崎や競艇場前は京都今津線の項で、既に大津比叡平線の廃線にも言及しているため、バス停として全く取り上げていないのは尾花川くらいなのですが、16号経路と統合する形で66、66A号経路が延伸して間もなく1年経ちますので、そちらとも併せて数回おつきあい下さい。

浜大津 はまおおつ
所在地:大津市浜大津一丁目
開設年月日:不明
付近:京阪浜大津駅 京阪大津ビル 浜大津港 明日都浜大津 スカイプラザ浜大津 NTT西日本滋賀支店(旧日本電信電話公社大津電話局) 旧大津公会堂 浜大津郵便局
キロ程:


↓大津比叡平線は、湖西方面の扱いで、2番乗場から発車していました。

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末期は1日1.5往復でした。
[浜大津【大津比叡平線 延長と短縮の歴史1】]の続きを読む
前回の続きです。

↓京都・大津方面のバス停は、蕎麦屋さんの前で、自治会の掲示板の方でも、名前が挙げられていましたが、閉まっています。

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以前に大津・京都比叡平線の「取材」をした時には既に閉まっていて、「本日は閉店させて頂きました」ではなく、昨日も一昨日も一昨昨日もずっとずっと閉店だったはずです。

[一丁目南 仮停留所【京都比叡平線・大津比叡平線 補遺2】]の続きを読む
12月6日付朝日新聞滋賀版に「道路陥没 なぜ復旧進まないの?」という記事が載っていたのをお読みになった方もいらっしゃると思います。近隣の住民の方がなぜ復旧が進まないのか?と困っているということです。9月18日の大雨で崩れ、その後に一度私も状況を見に行ったのですが、それから3か月近く経つのに何も変化がないようです。逆に、まだ復旧していなかったのか?と驚かされました。

↓こちらは私が10月に東向きに撮った写真

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本来ならこの陥没しているところの中央辺りがT字路で、左折したところが「一丁目南」のバス停です。

比叡平一丁目も休止中でした。
[一丁目南 仮停留所【京都比叡平線・大津比叡平線 補遺1】]の続きを読む
昨年の今頃は、比叡平自治会のぽんた3号様のご協力を頂きながら、大津比叡平線・京都比叡平線の30周年記念特集を進めておりました。

こないだ、久しぶりに比叡平に行くと、普段予備車扱いでめったに見ることのないB-1939が動いていました。

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もう廃車になったのかと思っていましたが、エンジン音を聞く限り、御年16歳(!)とは思えない元気さでした。

年始にぽんた3号様にご挨拶したところ、その後のバス利用状況についてお知らせ下さいましたので、後日談として掲載させて頂きます。

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この表は、ぽんた3号様のご了解を頂いて掲載させて頂いております。ぽんた3号様のブログ「みっけ隊」隊員日記の1月4日付記事・新年月報1月号に詳細がUPされておりますので、ぜひご覧下さい。

なかなかおいそれとは見られない資料です。
皆さんはどうご覧になりますか?

[比叡平 後日談]の続きを読む
三条京阪 さんじょうけいはん
所在地;京都市東山区五軒町
開設年月日:1928(昭和3)年3月14日設置、同26日営業開始
改称年月日:1981(昭和56)年1月17日「京阪三条」→「三条京阪」 
付近:京阪三条駅 京都市営地下鉄東西線三条京阪駅 京阪バス三条案内所 三条大橋 京都三条大橋郵便局 檀王(だんのう)法林寺 だん王保育園 三条市営住宅 京都市教委体育健康教育室(旧京都市立有済(ゆうさい)小学校)
キロ程:東山三条から0.5キロ




京阪バスの「三条京阪」バス停としては、旧京津国道線や旧三条六地蔵線の停留所としての歴史の方がはるかに長いですが、今回は京都比叡平線のバス停として取り上げます。

「三条京阪」と私たちは何気なく言っていますが、関東では「京成金町」「京急田浦」のように会社名を先に言うところしか恐らくないだろうと思います。多分、関東のひとには「三条京阪」はじめ「七条京阪」「野田阪神」といった表現はものすごい違和感があるのではないでしょうか。
ウィキペディアによると、もともと三条駅付近一帯を「三条通京阪前」と呼んでいたことに由来するのだそうです。

現在の京都比叡平線は、京阪三条駅10番乗場を京都比叡山線と共用しています。

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[三条京阪【京都比叡平線開通30周年記念特集24】]の続きを読む
東山三条 ひがしやまさんじょう
所在地:(比叡平方面)京都市左京区南門前町
    (三条京阪方面)京都市東山区三町目
    (山科方面)京都市東山区大井手町
    (旧山科方面、比叡平方面?)京都市東山区七軒町
開設年月日:?      
付近:地下鉄東西線東山駅 京都中央信用金庫東山支店 滋賀銀行東山支店 三条市営住宅 京都文教高等学校 京都市粟田地域包括支援センター 旧京阪京津線東山三条駅


東大路通と三条通の交差点で、市電の時代から「東山三条」と呼ばれています。
曾て、三条通には京津線が、東大路通には市電が走り、市電と京津線の間には戦時中、屎尿を運ぶ列車が直通できるように渡り線が設けられていて、戦後も長く残っていたと言います。



京都比叡平線は、曾て本停留所で京津国道線や京都八日市線などに合流していました。

私も詳しい地図を見て改めて知ったのですが、このバス停は東山区と左京区に跨っています。東山区は1931(昭和6)年から今の山科区にあたる地域を合併によって含んでいましたが、山科の人口が増加し、そもそも山科は合併までは「宇治郡山科町」であって地域性も歴史も全く違うことから1976(昭和51)年再び分離しました。もともとは市街地であるこちら側がずっと人口も多かったのでしょうけれども、今は全く逆転して、京都市11区の中で最も人口が少ない区で、高齢化率は政令指定都市の「区」の中で最高です。

↓比叡平方面

[東山三条 【京都比叡平線開通30周年記念特集23】]の続きを読む
東山二条 ひがしやまにじょう
所在地:京都市左京区
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:イオン東山二条店 京都外国語専門学校 法鏡山妙傳寺 西方寺(さいほうじ) 京都市勧業館(みやこめっせ)京都会館 細見美術館




熊野神社前を出て南下、川端警察署の前を過ぎると「東山二条」の交差点で、その南にあるのが「東山二条」のバス停です↓

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南行きは上の写真の通り、市バスの乗り場と共用ですが、北行きは、東山二条交差点の北側にある市バスに対し、南側に単独のポールがあります↓

[東山二条【京都比叡平線開通30周年記念特集22】]の続きを読む
前回に続いて、熊野神社前です。

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「取材」の直後にたまたま読んで、驚きました。
小説はこの時1954(昭和29)年という設定で、三島の取材はその約10年後に行われています。昭和29年時点でこの地蔵尊があった、というところまで三島が確かめているのかは分かりませんが、少なくとも50年以上はここに安置されているのでしょう。由緒などは全く書かれていませんでしたが、私が行った時も、僅か10分ほどの間に2人もお参りに来ていたので、病院関係者の間では相当有名なのだと思います。

今は鞘堂(さやどう)のように、お堂の外側をさらに小屋が覆っていますが、小説に書かれている内容から考えて、当時はお堂が露出していたのだろうと思われます。

肝心のバス停がまだ取り上げられていませんでした。

↓北行き。丸太町より北です。背景の右の方に「聖護院八つ橋本店」がちらっと見えます。
[熊野神社前【京都比叡平線開通30周年記念特集21-2】]の続きを読む