青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
石山団地口 いしやまだんちぐち
所在地:(石山団地方面)大津市大平二丁目 (石山駅方面)大津市大平一丁目
開設年月日:1966(昭和41)年6月1日
付近:市営石山団地 滋賀銀行寺辺代理店
キロ程:樋ノ口から0.4キロ




文字通り、石山団地の入口です。石山団地に出入りするバスは、石山寺経由でも国分BP経由でも、必ずこの大平交差点を通過する必要があります↓

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交差点の形状が変則的で制御が難しいこともあるのかもしれませんが、青信号の時間のバランスが何かおかしい気がします。国分からの南行き、野々宮方面からの北向きの交通量が当然多いわけですが、その多い向きの青信号が短くてイライラします。国分方面からの南行きが青の時に、石山団地から下りてくる方の信号も青というのがまたややこしくて、石山寺経由の石山駅行きは、国分から南に向かう車の合間に入り込まないといけません。朝夕や、買い物などの外出が多い土日は、しょっちゅう渋滞しています。思い切って交差点自体の構造をごっそり変えられないものなのでしょうか。

↓近くにある案内板。

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一口に石山団地と言っても、市営、県営、雇用促進事業団住宅、UR(旧公団)、そして一戸建ての分譲区画と、多岐にわたっているのが分かります。

↓石山団地方面を望む全景

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石垣の上の段に、古い団地があるのが分かりますが、これは大津市営石山団地です。

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だいぶくたびれていて、現在、建て替えが企図されているようです。

赤尾町 【南中系統開通25周年記念特集4】の項でだいぶ前に書きましたが、赤尾町とこの石山団地口が、大津管内で最も本格的な坂道発進が必要なバス停かと思います(赤尾町の記事UP当時大津管轄でなかった大津比叡平線を除く)。大平交差点付近は谷になっていて標高110mほどですが、石山団地終点は150mほどあって、わずか0.7キロの間に40mも登らなければなりません。これは、南郷一丁目と南郷中学校や赤尾町の間の標高差よりも更に大きいです。

↓次の石山団地中央に向かう途中から眺めると、傾斜のきつさがよく分かります。

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↓石山団地方面

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↓石山駅方面

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『石山町・大津市合併60周年記念誌 わが町いしやま』(1993)に、興味深い記述がありました。

昭和42年11月大津市開発公社により分譲された当時は、たとえば京阪バスも30分ごとに現在の「石山団地口」までしか運行されず、不便な点が多々あったが、住民の増加とともに、バスの運行回数も増え、停留所も「石山団地」まで延長され、医院や商店街も整備されてきた。(「③石山団地自治会」P5)



当時の「石山団地口」の位置が、今の位置と同じなのかははっきりしませんし、ましてや折り返し場所など分かりませんが、少なくとも開発された当初は、現在の「石山団地」の位置まではバスが通っていなかったということです。

しかし、バスの本数は、30分毎というのは記憶違いではないかと思います。とんでもない少なさだったことが、昭和40年代の複数の新聞記事で明らかなのです。これについてはまた特集の初回で書いた通りです。

↓N-6233が急な坂道を登って行きます。

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次は、石山団地中央【石山団地行き】/南谷口(大平山)【国分方面】です。
※次回、次々回は一旦別の話題を取り上げます。
※本シリーズとしては、次は石山団地中央に向かいます。
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コメント
この記事へのコメント
昔の石山団地口
お久しぶりです。
石山団地口のバス停、石山寺方面の乗り場は喫茶店や商店の並び、いま、治療院がある場所の向かい側にありました。後ろに壁があって狭く、もちろん屋根などなかったです。
国分方面は滋賀銀行の前にありました。
昭和50年代前半に今の位置に変わったと記憶しています。
2016/08/13(土) 21:32:24 | K2 | #-[ 編集]
Re: 昔の石山団地口
K2様、こちらこそご無沙汰しております。

> 石山団地口のバス停、石山寺方面の乗り場は喫茶店や商店の並び、いま、治療院がある場所の向かい側にありました。後ろに壁があって狭く、もちろん屋根などなかったです。

治療院というのは、交差点の南東の「太陽治療院」のことでしょうか?

> 国分方面は滋賀銀行の前にありました。

今なら絶対に許可されないでしょうね。
2016/08/13(土) 23:02:22 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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