青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
皆様、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

昨年9月28日付拙稿琵琶湖大橋【京津国道線 番外/琵琶湖大橋50周年】にて、琵琶湖大橋の開通50周年を取り上げましたが、52年前の今日、架橋が決定した新年の特集記事を見つけました。

↓1963(昭和38)年1月1日付滋賀日日新聞

S38.1.1S 琵琶湖大橋開通記念特集b

当時はまだ「町」だった守山は、琵琶湖大橋の架橋による大発展を期待して、
「夢でない100万都市」
「県庁は守山に来ないといけない」

なんて、大風呂敷を広げたようなことを言っています。

守山市を悪いとか嫌いとかいうわけではありませんが、ちょっといくらなんでも…(笑)。
結局、人口は100万どころか10万人にも達したことはありません。

当時の町長のインタビューも、「わしら」だの「ゆうてきよる」だの、記者もバカ正直に録音を起こしたみたいにそのまま書かなくてもいいのに、これじゃあただの田舎のエラそうな成金のオッサンですね。私みたいな何の社会的地位もない、どこの馬の骨とも知れないようなアホではないんだから、もうちょっと町長らしい、立場をわきまえた威厳と風格の中にも品位があるしゃべり方というのがあると思うのですが。

まあ、バスの車内でタバコを吸って注意された某市議会議員が、「ワシは議員や!」と騒いだなんて、今では考えられないようなことさえ、読者の投稿記事で嘆かれる程度にしか報じられないような時代ですから、仕方ないのかもしれません。

ただ、守山の発展性は確かに素晴らしいです。広くても山がちで、意外に有効な土地利用がしにくい大津市など目ではありません。ほとんど市全体全てが、人間の生活活動に好適な平坦な土地であることは確かで、可住地面積率何と80%以上、琵琶湖の内水面積を分母に含めなければ9割に届き、3割に満たない大津市とは段違いです。8万人弱の人口ではありますが、日本全体が人口減少傾向であるなか、いまだに増加傾向です。

京都市に近いメリットより、近すぎることによる中心市街地の空洞化や、全国規模の会社や銀行の支店が設けられにくいというデメリットが目立つ大津市より、潜在的な発展性はあるのかもしれません。

IMG_4949_20141016201737be6.jpg

一番下の広告は全て京阪系の会社で占められていて面白いですね。特に江若鉄道のスキー臨時列車「銀嶺」号が興味深いです。
電話番号が4桁であることに驚かれる方も多いと思いますが、この当時はまだ手動交換なので、恐らくよそから掛ける時は大津の●●●●番、というような言い方をして交換手につないでもらっていたのではないかと思います。京阪電鉄大津支社の電話番号4521は、現在も京阪電鉄大津鉄道部営業課の下4桁の番号として存続しています。


勝手ですが、新年のお休みを頂戴します。通常の編集は10日頃再開させて頂きます。
改めて今年も宜しくお願い申し上げます。
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