青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
付近にあった水耕農場前駅の話からですね。

踏切の北東の京阪電鉄の資材置き場↓

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ここが跡地として可能性が高いようですが、坂本方面は石山駅行きのバス停があった辺りという説が有力ではなかろうかと思います↓

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この場所についてはタンジェリンオレンジの誘惑様が詳しく書かれています。

駅が存在したのは、1945(昭和20)年1月10日に、現在の滋賀里駅の位置から400m北のこの付近に滋賀里駅が移転してから、1974(昭和49)年に廃止されるまでの間、なのですが、実際は1956(昭和31)年2月15日に営業を休止しており、駅として機能していたのは実質10年余りです。なお、休止の約1年前の1955(昭和30)年5月1日に滋賀里駅が現在の位置に戻ったのを機に、ここにあった駅は、付近の米軍基地跡にできた水耕栽培農場に因んで、「水耕農場前」と改称されました。「水耕農場前」という名称の駅は1年弱しか営業していなかったということになります。

また、バスは1957(昭和32)年開通なので、被っていないということになります。

反対の山側の方がどちらかというと古くから開けているようです。古くからの宅地の中に、「倭神社」という難読の神社があります↓

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「しどり神社」というそうです。坂本には同じく「倭神社」と書いて、素直に「やまと神社」と読む神社があります。
調べてみると同じ文字で「しづ」とも言って、日本古代の織物を表しているようです。

↓ザクロが実って…

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↓柿が色づくその下は昔ながらの洗濯場。桃が流れてきたら完璧?いや、季節はずれですね。

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↓取材は秋に行ったのですが、ちょうど江若交通のトップドア車両が貸切運用についていました。

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貸切専用車で、運賃箱などは搭載されていないようなので、あの行先表示には「江若交通」以外何の表示がプログラムされているのか不思議です。

↓そして、かつてバス停があったところを通過する、「日本天台三総本山連絡バス」

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次は、穴太/西唐崎です。
(穴太、坂本方面の方が先に開通しているはずですが、編集の都合で唐崎駅方面から先に取り上げます)

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