青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
10月20日付拙稿「日本天台三総本山」連絡バスで、「私も、紅葉の時期にもう一度ゆっくり訪れようと思います。その時は主に特別公開の重文等について取り上げられたらと思いますので、その節はまた宜しくお願い致します。」なんて書いて、ああしまったなあ、そんな難しいこと書けないだろう!?第一そういう肝心なところは写真が撮れないじゃないか!と自分の脳味噌に幻滅しながら、どっち道、坂本方面にかつて存在した京阪バスのバス停の「取材」をしないといけないので、ついでと言っては何ですが、やはり西教寺に行ってきました。

ずいぶん前に、友人とライトアップで来て以来ですが、その時は日吉大社から真っ暗な道をひたすら歩いて大変だったことと、今はわかりませんが当時は白熱灯のような照明だったので、紅葉がカビが生えたように不気味に見えて、ちっともきれいではなかったことを覚えています。

↓前と同じ写真で恐縮ですが、行った日もこういう感じで停まっていたのだと思います。

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↓あ、しまったもう紅葉はお終いか?

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いやいや、まだ大丈夫でした。



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私は美しい紅葉を見ると、しばしばJ.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」BWV1043の第2楽章を思い出します。



↓なお、こちらは大変貴重なピアノ編曲版。バッハの音楽をピアノでというブログで知り合った方で、何と自ら編曲されたのだそうです。



J.S.バッハの時代にはそもそも「ピアノ」という楽器は存在しなかったのですが、ピアノでバッハの曲を弾くのが大好きなのだそうです。クラシックは全部同じように聞こえるという方もいるかもしれませんが、例えばショパンはバッハより100年くらい後の時代に活躍しているので、やはりかなり雰囲気が違っています。おおむね、右手がメロディ、左手が伴奏、という構造のショパンなどの曲とは、難しさの質が違っていて、ショパンなど後の時代の作品以上に左右の手をバラバラに動かして、それでいながらきっちりと1つの音楽に構成されている「様式美」みたいなものを表現しなければなりません。言い方を変えると、業界用語的ですが「左手に歌わせないと」いけません。

話がそれましたが、典雅な音楽によく合う紅葉を愛でながら、境内を歩きます。

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↓紅葉が差し掛かる堂宇の向こうに琵琶湖と、近江富士。

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↓石段に優しい翳と木の葉。

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↓裏手の石庭から見た本堂

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ここで、12月7日まで元三大師坐像・聖徳太子坐像の厨子が特別開扉されています。

思っていたよりずっと広くて、見どころが多く、回るのが大変でした。

↓人気の撮影スポットになっていた「勅使門」

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この近くに収蔵庫があったのですが、何と外なのにパイプいすが並べられていて、座っているひとが。本堂の参拝を終え、そこで受け取ったチケットを片手に行ってみると、その椅子に掛けてお待ち下さいとのこと。

え?待たないといけないの?確かに収蔵庫は狭くて、入れる人数に限りがありそうです。
バスの時間が気になったけど、まあ最悪歩けない距離じゃないし、支払い済みの収蔵庫に入る500円の方が惜しかったから待つことにしました。

肝心の収蔵庫を撮り損なっているのは、前で待つひとが多かったので遠慮したからだと思います。

収蔵庫は、正に「収蔵庫」で、別に展示を目的としているわけではありません。そういう場所でないと劣化がどんどん進んでいくから、しまい込んでいるのです。

ガラスのショーケースなどありません。手の届くようなところに、聖観音立像(しょうかんのんりゅうぞう)・石灯籠・坂本城陣鐘の3種の重要文化財があるのです。このブログの読者の方をはじめ、周囲のひとが思っているほど、私は歴史好きでも、寺社仏閣好きでもないのですが、「期間限定」と聞くと気になります。

ガイドの方のお話が面白くてあっという間でした。

●聖観音立像

湖西には観音像が少ないため、この観音立像ももともとここにあったものではなく、恐らく甲南町の浄福寺から移されたものだろうということでした。

ガイドさんは、京滋の文化財や古い集落についての著作が多く、私もしばしば参考にしている白洲正子(しらすまさこ 1910-1998)と違って自分は随筆家ではないから、と謙遜しながら、よく「何の運命で流れ着いたのか」みたいな書き方がされるけれども、仏像はあちこち移動するのが当時は当たり前だったのです、と歴史的な見地から客観的に説明されます。

●坂本城陣鐘

明智光秀が寄進したという梵鐘です。
平安時代前期のもので、ややスリムに見えます。現在残っている梵鐘のほとんどは撞木(鐘を突く棒)が当たる「撞座(つきざ)」は1か所しかありませんが、この時代は後々いろんな場所で使われることや、修行としてたくさんの人数で鐘をつくことを想定して、2か所の撞座があるという特徴があります。

1987(昭和62)年の大みそかから1988(昭和63)年の元日にかけての「除夜の鐘」を最後に下ろされたのだそうです。その前から、微妙に音が変わったような気がする、という寺の関係者の話から調査が行われ、肉眼では分からない多数の傷が入って、いつ割れてもおかしくないと診断されたからだと言います。

●石灯籠

鎌倉時代のものではなかろうかということです。
実物を見ると分かるのですが、柱の部分が上の笠や火袋(ひぶくろ=灯りをつけるところ)に比べると細くて、その分台座が非常に大きいです。それが時代を表しているのだと言います。
柱が黒ずんでいるのは苔が生えていた跡です。私たちは苔が生えているといい味のように思えますが、石にとって必要な水分まで吸われてしまうので、脆くなることがあるそうで、除去されています。それでもまだバクテリアなどが生きているのではないかということです。そんなものを他の文化財と、仕切りもなく置いていて大丈夫なのかと思いますが。



↓近くの銀杏の木も美しい。やっぱり向こうに三上山

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↓大宮町のバス停も絶景!やっぱり向こうに三上山。

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何度か引用している田山花袋(たやまかたい)も、穴太辺りから見る近江富士を絶賛していますが、独立峰というか、残丘(ざんきゅう 浸食から取り残された丘)なので、本当によく目立ち、いいアクセントになっています。

次の週末にはどの程度紅葉がもっているか分かりませんが、収蔵庫と本堂の元三大師坐像・聖徳太子坐像の公開は、最後です。

あ、江若交通の公式サイト内、日本天台三総本山連絡バス運行終了間近!!によると、「好評運行中」の「日本天台三総本山連絡バス」も、今週末が最後です
「本年度運行分は…」て、来年があるつもりなんだろうか……w

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