青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続いて、堅田です。

↓現在の本堅田交差点。江若鉄道があった当時は「堅田駅前」交差点だったようです。

IMG_5074_20141213102611a0c.jpg

右手に見えている道が、堅田町内・末広町方面です。

↓北を望んでいますが、前回書きました通り、1963(昭和38)年以前はまともな道路がなかったわけです。

IMG_0399.jpg

現在、西松屋とキリン堂、Coco一番屋になっているところの大半が、かつて江若交通の整備場でした。それはもちろん、江若鉄道の鉄道用地を引き継いでいるのでしょう。

IMG_5893.jpg

↓その南隣、現在、江若交通の100%出資子会社「ザ・コジャック」が運営するスポーツクラブがあるのは、ほぼ江若鉄道の堅田駅と、その前のロータリーに相当します。

IMG_5100.jpg

IMG_5103.jpg

三条京阪の「京阪三条北ビル」に、「喫茶コジャック」というのがあるのをご覧になったことがある方も多いと思いますが、これも「ザ・コジャック」が経営しています。

『近江・湖西路 くらしと共に五〇年 江若交通労働組合30周年記念誌』(江若交通労働組合30年誌編集委員会編 1998)のP152に、「昭和31年頃より江若鉄道沿線の客を誘致していた」という「京都三条案内所」の写真が掲載されているので、借地権か何か名残があるのかもしれません。

T.F.様が撮影されていた、貴重な旧江若鉄道堅田駅舎を利用した本堅田のバスターミナルの写真↓

50-9-28本堅田 2600

50-9-28 本堅田

いずれも1975(昭和50)年9月28日、琵琶湖大橋開通21周年当日の撮影です。
このターミナルにも京阪バスが乗り入れていたのでしょう。

笑ってしまいそうなくらい巨大なバス停ポールを模した「堅田」の標柱が目を引きます。
標柱は江若鉄道があった時代から使われているのでしょうか?よく見ると後半2文字ほど消されているのが分かります。「駅前」と書かれているのを消したのでしょう。ただ、この時点で正式なバス停名は既に「本堅田」になっていたのでしょう。旧駅舎の真ん中の看板は「本堅田」になっています。

浜大津方面は、駅舎の裏手を指す矢印からすると、この反対側に乗場があったのでしょう。

『近江・湖西路 くらしと共に五〇年 江若交通労働組合30周年記念誌』のP33には、

代行輸送のターミナルとして使用するため堅田駅構内の線路を撤去することになったが、それを保線の人間がすることになった。大正何年からずっと代々保線の人間が我が子を育てる様に見守ってきたものを、その人間に撤去させるとは殺生だった。酷だった。皆涙を流して仕事をしていた。



という、このターミナルを作る工事に従事された方の証言が掲載されていました。退職金など多額の負債があり、どこかの無関係な業者に委託して工事するようなお金は、多分なかったのでしょう。
誰かがしないといけない仕事だという、経営サイドの都合もよく分かるのですが、でもこの方の辛さもよく分かって、私もいたたまれない気持ちになりました。こういう思いの積み重ねの上に、今があるのだというのは忘れてはいけないと思います。

↓これは、T.F.様から頂いた、1969(昭和44)年8月25日改正の江若交通の時刻表。

Scan0341.jpg

江若鉄道の廃止はこの直後の11月1日(営業運転最終日は前日10月31日)ですが、この8月25日から、鉄道は朝夕だけの運行となり、バスがほぼ代行輸送本番さながらに走り出したようです。残念ながら共同運行だったはずの京阪バスのダイヤは載っていません。

前回書きました、1971(昭和46)年の車両制限令の直前なので、まだ堅田町内を回って三条に行く便があります。細い小川が大河に注ぎ込むようです。

↓一方こちらはそのほぼ1年前、1968(昭和43)年8月19日、江若鉄道最後のダイヤ改正時点の時刻です。

Scan0340.jpg

Scan0339.jpg

バスと鉄道の、本数の違いは歴然としています。
単行列車もあったようですが、だいたい2-3両繋いで走っていた列車の輸送力をバスが肩代わりするのですから、それは大変です。国立公文書館で保管されている、「江若鉄道廃止申請書類」にも、各学校の生徒数など、どの程度の輸送力が必要なのかを事細かに検討した資料が添付されていますが、湖西道路など影も形もない時代、山が湖に迫って土地が少ない湖西を行き来するほぼ唯一の動脈である国道161号線は、特に夏の水泳客が多い時期になると、目も当てられない渋滞で、バスはほとんど無ダイヤ状態だったと言われます。

次回は、主に本堅田のターミナルの南側の入口について取り上げたいと思います。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/946-a4331799
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック