青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今回は、主に堅田のターミナルを南側から見てみたいと思います。

↓ターミナルの南の端は、現在、「セブンイレブン大津本堅田五丁目店」がある位置です。

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右奥の黄色い、アルプラザ堅田店の建物の手前が、キリン堂と西松屋ですから、ずいぶん広い敷地だったことが分かります。

『バスファン 第42号』所収「江若交通(上)」(浅野・藤本・中田1980)(以下「バスファン」)によると、1963(昭和38)年1月に仰木道から堅田駅構内を経て堅田駅前交差点までの0.3キロ区間が免許された時には、赤い矢印の通り、斜めに出入りしていたようです。これが続いたのは約2年半で、1965(昭和40)年6月には、「西捨商店前~一福亭前」0.01キロ、という免許が新たに出されます。「西捨」というのは、安曇川近辺で時々見られる苗字で、恐らくそちらの出身の方が経営されていた店なのだと思います。
しかし、時期的に掲載されていそうな1966、1968、1971年など、どの住宅地図にも「西捨商店」の記載はありません。「一福亭」は現在の「堅田酒場情熱ホルモン」の西隣らしい位置に記載があります。「バスファン」の図からすると、現在の「堅田酒場情熱ホルモン」の位置が「西捨商店」なのだろうと思われますが、その位置には「菓子 ちとせや」と書かれています。今インターネットで検索しても何も出てきません。その店が、西捨さんが経営されていた店なのかもしれませんが、詳細は分かりません。

いずれにしろ、それまで斜めに出入りしていたターミナルに、新たな出口ができて、浜大津方面のバスは直角に、青い矢印の通り、通りに一旦出た上で、現在「本堅田南」と呼ばれている交差点で右折して国道に出る、という形をとったようです。

これによって、国道の混雑が解消できるのだということですが、なぜなのかよく分かりません。

↓西向きに撮影

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駅より北に道路が完成していない頃は、今津方面のバスはこの写真の奥の方向に向かって走って行って、現在は裏道になっている、堅田町内線が通る新川からJR堅田駅前にかけての道を運行していました。

↓ターミナル出入口から撮影

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一福亭の位置は、住宅地図からの推測です。

結局、現在の「本堅田」バス停がある、バスターミナル前の国道は、「バスファン」の記述によればこの当時はバス路線の免許がなく、営業車が通行したことはないということです。

バスターミナルの出口だった位置から真南を望むと、現在は駐車場になっていますが、江若鉄道があった時代としては恐らく唯一の住宅地図である、1968年版の地図と照らし合わせると、この駐車場の中央部分を、レールを模した茶色い線で引いたような形で江若鉄道が走っていたのだろうと思われます↓

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江若鉄道の廃線跡をたどるのが、このブログの主目的ではありませんが、上の写真の駐車場の奥を突っ切ると、国道の1本西側に短い通りがあり、それを廃線跡と考えると位置的に非常に自然です。



更に南、ローソンの裏手を抜けて、仰木道から新川に向けて堅田町内線のバスが通って行くこの場所が踏切だったことは、住宅地図の記載からほぼ間違いありません。

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上の地図を見て頂いても分かるのですが、雄琴方面に掛けて途切れ途切れの道筋が、よく見るとちゃんと自然につながりそうに見えます。これが江若鉄道の跡ではないかと思います。
鉄道の廃線跡、というと25,000分の1地形図を確認される方が多く、もちろん絶対的な位置を確かめるためにはそれが一番ですが、もっとミクロな目で確認できるのは、実は住宅地図なのです。残念ながら旧志賀町域以北は、江若鉄道があった時代の住宅地図が存在しないようなのですが、堅田については大津市と合併した翌年、江若鉄道が廃止になる前年である1968(昭和43)年の住宅地図が、大津市内中心部については、1966(昭和41)年にも住宅地図が発行されています。

地形図に比べると歪んでいたりして、正確さに疑問のある部分もありますが、それでも、家屋との兼ね合いで相対的に鉄道が通っていた位置は分かります。
今ならまだ、江若鉄道があった当時には既に建っていたであろう家屋が多少は残っていますが、減っていくことはあっても増えることはありませんので、調べるなら今のうちでしょう。あと、国土地理院の航空写真も有効に活用できると思います。

↓逆に、上の写真に写る駐車場側からターミナル跡を望むとこういう感じです。

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正面にスポーツクラブ・コジャックの建物がよく見えます。ここを江若鉄道が走っていたことはほぼ間違いないでしょう。
バスの進入路は、鉄道に沿っていたのだろうと思います。
江若鉄道の動画を見ていると、北向きに走っている様子の動画なのに、左の西側にバスが止まっているのが不思議。そちらは車庫だったのでしょうか。

↓付近の水路沿い。地面をよく見て下さい。鉄のサビを含んだような、こんな赤茶けた色をしているということは、江若鉄道のバラストなのではないかと思います。

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↓北から南を眺めています。江若鉄道、そしてバスがこちらに向かって走ってきたのでしょう。

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3回にわたってお届けした、堅田の記事は今回でひとまず終わらせて頂きます。次回はまとめとして各時代の堅田付近のバスの時刻表をある限りUPしたいと思います。

次は、仰木道【京都今津線本線】/末広町【京都今津線堅田町内系統】

※本シリーズでは、堅田町内系統を先行して取り上げます。
※「本堅田」としての当バス停は、「大津比叡山線(比叡山縦走線)」の範囲で取り上げたいと思います。
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