青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続き、比叡山坂本駅です。

↓京阪坂本駅との間には、日吉大社の一の鳥居があり、バスもここを必ずくぐっていました。

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これは本当に最後の比叡山坂本駅行きだったはずです。

↓現在ここを通る定期一般路線は、ケーブル坂本線、日吉台線西教寺方面系統だけです。

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↓当時、ここを通る時にはきっと表示されていたであろう、もう、見ることのできない終点の運賃表

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整理券9の170円は、江若交通の対キロ区間制運賃、それ以外は恐らく京阪と江若2社間に何らかの協定があって、京阪バスの大津市内特殊区間制に準じた運賃になっています。石山駅からは3区で280円!京阪電車より安い!消費税が8%に改定されてからもこの路線が存続していたとしても、290円です。

↓こちらもまた、データが消されていて、もう見ることのできない行先表示です。

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あまり大型車の印象がない路線ですが、運行最終日の午前中は、現在田辺にいるW-1202が使われていました。

↓折り返しの石山駅行は、坂本ケーブル乗場までの間はこの表示を出していました。

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坂本ケーブルへの連絡の役割を重視したのでしょう。

↓住宅地図を確認すると、1996(平成8)年頃までは現在、トイレなどが整備されているこの辺りがバスターミナルの出口になっていたようです。

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すぐに左折して、湖西道路と湖西線のガードをくぐっていたのだろうと思います↓

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翌年の版以降、湖西線から遠い側がバスターミナルの出入口である、現在の形状となりました。

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但し、このガード下の道は1990(平成2)年頃の開通で、それまでは旧道を通っていました。

その旧道は、駅北東、現在は「坂本石積みの郷公園」となっているところの端を回り込むような形で、その北側を回り込んでいました。

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こんな経路をとっていた時代のことが全く分からないので、こんな道路が自然に1つの道につながっていたというのが信じられません。なお、この旧道についての詳細は、「江若日吉駅」の項をご覧ください。

↓その公園の端には天台宗の開祖、最澄の像。

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山の方向を向いてはいますが、まず見えるのは湖西線と湖西道路のガードであり、10年単位の様変わりに驚いている私たちと比べ物にならないくらいの時代の変化に、もっと驚いていることでしょう。

↓細かいことですが、下から2行目の19 year old Saicho19-year-old Saichoですね。

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- ハイフンを入れないと形容詞化できません。

↓「取材」の後、浜大津に降り立って、もっとたくさん写真を撮っておけば、もっと早くから行っておけばよかったなあと思ったのを、今も思い出します。

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今回で、大津市内総合線の大津北地区以北を終わります。長らくのお付き合い、ありがとうございました。

廃止されたものも含めて、大津管内、ないし大津市に関わるほとんどの路線を取り上げてしまい、さて次に何をしたものだろうか、という感じなのですが、実はこれまでに取り上げきれなかった、どういう路線が通っていたのかよく分からない廃止バス停もあるので、それらを取り上げつつ、最近ほとんど書けていない旅行の記録、その他雑記的なことを暫くの間取り上げられたらと思います。ご興味がおありの方は引き続きよろしくお願い致します。
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