青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
春はバスに乗って、という見出しは、大津市にゆかりの深い横光利一(よこみつりいち 1898-1947)の代表的な短編『春は馬車に乗って』をもじっているのでしょうか。

1956(昭和31)年3月22日付読売新聞滋賀版↓

S31.3.22Y 路線長距離化競争b

写真は浜大津付近だそうですが、中央にうっすらボンネットバスらしい姿が写っているだけで、よく分かりません。

記事中で「京都-大津」がバス路線の長距離化の例として名前が挙がっていますが、京津国道線のみならず、全体的に戦後10年余りにして既に「バスブーム」。

しかし、京津国道線のバスは、この時点で戦後の運行再開からまだ10年程しか経っていないのです。

70年前の今日、1946(昭和21)年2月22日は、滋賀県の要請を受けて日祝日のみ京津国道線が運行を再開した日です。また、今年は大津市内総合線の唐崎、坂本方面と共に京津国道線の東半分が廃止されてから10年目の年でもあります。

この節目の年に、ブログを初めてから6年経って漸く、京阪バスの基軸路線の1つと言える京津国道線を取り上げることができました。

基軸、などというと、特に東半分が1日数本の免許維持路線となってからの時代しかご存じない方は私が間違ったことを書いているようにしか思われないかもしれません。しかし、京津国道線は、京阪バス草創期の屋台骨であり、戦時の運行休止を経て戦後運行が再開されてからは、京滋の地域のみならず、会社としての京阪バスそのものの復興を支えた、京阪バスの歴史上間違いなく最も重要な路線の1つです。

簡単に履歴をまとめました。

1928(昭和3)年1月27日 京津自動車株式会社創立発起人 風間八左衛門に京都市三条大橋東詰より東海道筋を経由して大津市御蔵町に至る区間11.4km乗合自動車営業免許

      同年3月14日      三条大橋、浜大津を含む16か所に停留所設置
         3月26日      営業開始
1933(昭和8)年9月29日      国道2号線(現 国道1号線)開通のため路線載せ替え免許
         10月8日      新国道での営業開始
                     (薬専前、五条別、安祥寺川、山科、毘沙門道、四ノ宮、運動場前、追分の各停留所設置)
1934(昭和9)年2月22日      朝日ヶ丘停留所設置認可
1940(昭和15)年5月17日     八新前停留所設置認可
1943(昭和18)年12月25日     営業休止
1946(昭和21)年2月22日     日曜祝日に限り営業再開
          4月5日      毎日営業開始
1947(昭和22)年12月28日     トレーラーバス導入
1952(昭和27)年2月15日     京阪三条‐石山寺系統運行開始
1959(昭和34)年6月3日      京津線、京津国道線相互選択乗車制度導入
1969(昭和44)年12月25日     京津国道線全系統ワンマンカー化
1970(昭和45)年1月16日     京津間プール制廃止
1981(昭和56)年1月17日     バス停名「京阪三条」を「三条京阪」に改称
1993(平成5)年6月20日      大津営業所移転に伴うダイヤ改正で、京津国道線を山科営業所に移管
                    ※恐らく社内での正式な路線呼称もこの時に「山科大津線」「四条山科醍醐線」と変更されて
                     いるものと思われる。
2006(平成18)年7月1日      京津国道線(山科大津線46号経路)廃止 (最終運行日は6月30日)



開通の時から数えると、今年は87年目に当たります。朧げにでもこの時のことを記憶している方は95歳以上くらいでしょうか?

浜大津側の東半分が廃止される時までだけ考えても、2006(平成18)年に至る実に78年という長い年月にわたって運行された路線で、経路、バス停の変化も大きく、不明なことも多々ありますので、ここでは、浜大津から四条大宮又は京都駅(河原町通経由)まで通し運行していた時代に主眼を置き、1993(平成5)年6月19日、大津営業所の管轄で通し運行を行っていた最終日時点で停車していた停留所を取り上げることを基本とします。

従って、以下の各点ご了承願います。

1.旧三条通経由時代

IMG_9308.jpg

路線開設当初は現在の三条通(旧京津国道)は未開通だったので、旧三条を経由していたものと考えられますが、現時点では資料が乏しいので、これを取り上げません。

2.「陵ヶ岡天智天皇陵」「御陵駅」の扱い

IMG_6688.jpg

山科営業所管轄の19号経路に再編されてずいぶん後になって設置された停留所(前者は平成23年3月18日 後者は平成27年9月5日)ですので、これらは単独では取り上げません。
平成27年9月5日以降「御陵東」と改称された停留所がもともとの「御陵」停留所を継承していますので、「御陵東」を「御陵」として取り上げます

3.「山科駅」の扱い

00000578.jpg

2の定義に基づくなら、「陵ヶ岡天智天皇陵」「御陵駅」同様取り上げないことになりますが、東半分が廃止された時点の終点ですので、番外としてこれを取り上げます。

4.47号経路(西大津バイパス線)の扱い

IMG_3983_20151227093038d56.jpg

社内では広義の「京津国道線」ですが、拙ブログでは藤尾地区と共に「西大津バイパス線」として別に扱います。

5.浜大津以遠(三保ヶ崎方面、浜町勧銀前方面)の扱い
46号経路の浜大津以北:びわ湖ホテル方面は、京都今津線、又は大津市内総合線の停留所と見なしますので、ここではこれらを取り上げません。
44号経路については琵琶湖大橋のみ、番外として既に扱っておりますので、当該ページをご覧下さい。琵琶湖大橋口以南三保ヶ崎までは京都今津線の当該ページをご覧下さい。
48号経路 浜町勧銀前以遠は大津市内総合線のバス停と見なしますので、ここではこれらを取り上げません。

その他、時代によって、片原町-本宮町間で現在の国道1号線を直通する系統や、京阪三条から瀬田町まで運行する系統なども存在したことが分かっておりますが、これらの扱いは未定です。さしあたりは浜大津から京都に向かいます。

では、次回からの京津国道線の特集、宜しくお付き合いのほどお願い致します。
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