青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
下阪本 しもさかもと
所在地:大津市下阪本三丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:1985(昭和60)年前後?
付近:大津市立下阪本小学校 下阪本市民センター(大津市役所下阪本支所・大津市立下阪本公民館)
キロ程:比叡辻から1.0キロ(太間町からの京阪バスとしてのキロ程は不明 江若交通においては0.4キロ)




比叡山の門前港として繁栄した地で、天保期に広く開発が行われたということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』(P377、761)。

「大津市役所下阪本支所・日吉中学校・唐崎中学校・下阪本小学校・自衛隊演習地・消防学校・京都大学附属臨湖実験所のほか会社の保養施設やレジャー施設などがある」(P761)
とあるので、範囲が広すぎないか?と思いましたが、この辞典の編集時(1979年以前)は、まだ「唐崎」という町名は成立しておらず、「下阪本」というと、今の唐崎や際川の一部まで含む、かなり広い範囲だったようです。
織田信長が、比叡山の焼き討ち後に明智光秀に築かせた「坂本城」は「坂本」ではなく「下阪本」にあったようです。
来迎寺や西教寺の門は、この城の門を移したと言われています(同書P761)。

↓城跡を示す石碑と…

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↓明智光秀の像が湖岸の公園にあります。
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行ってみて初めて知ったのですが、この辺りの琵琶湖岸は「三津浜」と呼ばれています。
成務天皇が来たから「御津」で、それが転じて「三津浜」になったという説や、戸津、志津、今津をまとめて「三津」だという説などがあります(『滋賀県の地名 日本歴史地名体系25』P208)。

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岡の平【石山外畑線・宇交石山線15-2】で取り上げた「近江学園」の前身ともいうべき「三津浜学園」があったのはこの辺りでしょうか。

↓付近を走行する江若バス

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背景にレンタルボート店が写っていますが、この辺りから南、際川あたりまでは、意外なほどボートやヨットの店や工場が多くあります。
浜大津から北に縁が薄い私のような人間にはなかなかピンと来ないのですが、南湖でも思っているよりずっとこうした、マリンスポーツならぬ、湖上スポーツというのか、ボートやヨットが盛んであることに驚かされます。よくテレビで映っているボートやヨット、水上スキーは恐らくこういうところが拠点なんですね。

バス停は三津浜の看板の少し北にあります。

↓北向きの全景。

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この写真では分かりませんが、浜大津方面のバス停は、奥に写っているマクドナルドの前にあります。

↓浜大津方面ポール南向き

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↓堅田方面

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2005(平成17)年以前は、現在より若干北、今の北行きのバス停の北にある路地の、その北の角にありました。

↓写真に描き込むと下のような感じです。

DSC_0451.jpg

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このバス停は、江若鉄道の「叡山駅」の代替バス停でした。「叡山」と言っても、現在の「比叡山坂本駅」ではありません。下阪本小学校の近く、現在湖西線と湖西道路のガードになっているあたりに駅があったようです。
これについては次回別途取り上げたいと思います。
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