青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
上関寺の続きです。
寄り道ばかりしてきましたが、また滋賀労働局前からが結構長いんですね。

追分から少し此方に來たところで、電車は汽車の線路と交錯して、今度は汽車を左に見るやうになつた。で、逢阪山(原文ママ)の狭隘もまたゝく間に過ぎて行つた。
大津の町はやがてその前にあらはれ出した。
(田山花袋「大津まで」『京阪一日の行樂』P605)



田山花袋が、大津の町が「あらはれ出した」と書いているのはこの辺りでしょうか。京都から来ると、確かにこの辺りから大津の市街地に入ったという感じがすることでしょう。

↓浜大津方面のバス停跡が見えてきました。

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この停留所までが、「大津北地区」「大津中央地区」の定期券の利用範囲とされていました。
時代にもよりますが、基本的に大津と山科では運賃の賃率が違うので、この辺りから西側で調整を掛けていたのかもしれません。
峠を越えた追分まで、「大津百町」の範囲ではありますが、ビルの向こうが山という景観を見て頂いても分かるように、実質、ここが大津の街外れで、見るからに節目という感じがします。

こういう雰囲気は、東京や大阪にはなくて、都心のひとには不思議な感じのする光景かもしれません。

↓浜大津方面を望む。

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上の写真にも書き込みましたが、京都方面のバス停はだいぶ浜大津寄りです。

両方向のはっきりした位置関係が分かる最古の住宅地図は1986(昭和61)年版なのですが、その時点から廃止時まで両方向とも位置は変わっていない様子です。

↓京都方面のポール跡と思われる位置 対向車線から

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↓浜大津方面を望む。

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↓京都方面を望む

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浜大津方面のバス停は、ちょうど電柱の陰の向こう側になるだろうと思います。

左手、遠く歩道が途切れているところが、国道1号線からの取り付け道路が下りてきている位置です。

京阪バスの国道2号線(現 国道1号線)の路線免許申請書類(1950年)を見ていたら、興味深いことが分かりました。

上半分がこの上関寺の位置関係図です↓

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上部を左右に貫く、幅12mの「既免許路線(運行)」と書かれているのが、現在の国道161号線、京津国道線が通っていた道筋です。

そこに京津線を渡ってから合流している「申請予定路線」、これが現在の国道1号線で、「昭和二十五年度以降着工」とあります。そして、石山方面から京津線を渡らずに合流している方の道が、国道1号線と161号線を結んでいる道路です。

「昭和二十四年度完成」と書かれていることで分かるように、面白いことに、この道の方が先に完成しているのです。

恐らく、京津線をまたぐ工事が難しかったので、国道1号線の方が後になってしまったのでしょう。

↓国道1号線側の分岐点。

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石山方面からだと、さぞかし入りにくそうですが、西側の「逢坂一丁目」交差点が赤になると車の流れがぴたりと止まるので、ここに信号がなくても、十分ゆったりと曲がることができます。

私は、国道を通って大津市街に行くなら、国道経由のバスが通る、本宮二丁目交差点で左折して国道のガードをくぐる行き方しかイメージが湧かないのですが、この道もそれなりに通行量があって、結構利用されているようです。

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確かに、百石町通りが拡幅される前に、石山、草津方面から大津日赤など、国道161号以西の旧市街にできるだけ細い道や駅前を通らずに行こうとすると、ここが一番便利だったのかもしれません。

ただ、161号線にぶつかって右折するのが大変そうに見えて、私はあまり通りたくないなと思いました↓

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今、ここで左に曲がって京都方面に行くような車はほとんどないだろうと思いますが、新国道ができる前は暫定的に左に曲がるのが普通のルートだったのでしょう。

近江鉄道バスも、ここを利用して京都に向かうバス路線を計画して申請していました。そして、上関寺に停留所を設けようとしていました↓

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↓こんな感じでしょうか?

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しかし、この時の申請は結局却下されてしまいました。近江鉄道バスの京都方面の路線免許が下りるまでまだ10年ほど待たなければなりません。

↓申請書中にある「関清水町」の名は、現在も自治会名として残っています。

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上関寺は取り上げることが多いので、1回別の話題を挟んだ上で、更にもう一度取り上げます。
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