青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
駅の前にある民家の数は知れているのですが、実は奥の方に「大谷団地」があり、まとまった戸建て、市営住宅が並んでいます。
ここ、元々何だったのでしょうかね。何かで見た気がするのですが、どうしても思い出せません。

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その一番奥には、大津市民でも知らないひとが多いであろう、市営大谷乗馬場があります↓

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これ以上あんまり入っちゃまずいのかな?と思って、遠慮して遠くから撮りましたが、白馬がいるのが見えるでしょう?

大津市民の利用料金は土日祝日9時から17時まで2,160円、平日1,400円、他に午前だけ、午後だけの料金設定があります。
大津市民でない場合はこの倍額です。
平日と土日祝日の落差が大きいですが、いずれにしろいい値段だな。それほど馬に乗りたいと思わないので、これなら、前回取り上げたうなぎを食べた方がいいやw

しかし、相場が全く分からないので、高いのか安いのかどうなんだろう?と思い、そうだ、田辺の京阪バスが乗り入れている『クレイン京都』があるじゃないか!と思って、確認しました。
正会員の入会金が15万円!?、1回1回の利用料は大津市営と似たような額ですが、更に月々の会費が別途15,000円かかる(なお、全て税別なのでこれらにまた消費税がかかる)と書かれています。こりゃ、富裕層向きだ!

この金額を見ると、大津市営大谷乗馬場は何と良心的な、と極端に安く見えます。

でも、……うなぎの方がいいや…。

↓団地の入口、名神高速道路の真上辺りに「逢坂山とんねる跡」の石碑

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↓裏面

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「明治十三年日本の技術で初めてつくった旧東海道線逢坂山トンネルの西口は名神高速道路建設に当りこの地下十八米の位置に埋没した。ここに時代の推移を思い碑を建てて記念する」

18mって、結構な深さですね。ビルなら、4、5階建て、地下なら比較的古くからある地下鉄くらいはありますね。

駅の方に戻ってきました。

そろそろ次の追分に向かうことにしましょう。
道中のまあ長いこと…。意識したことがなかったのですが、大谷は藤尾学区なんですね。こんなところから藤尾小学校まで毎日歩かないといけないなんて考えるだけで嫌になりますね。小学生が歩くのは、体力的にも大変ですが、時間がかかり過ぎそうです。1駅間だけ電車に乗るのでしょうか?

私もここだけは電車に乗ることも考えたのですが、間に、確認しておきたいポイントがいくつかあったため、我慢して歩きます。

大谷は、大津そろばん発祥の地で、創始者・片岡庄兵衛が住んでいました。他に有名な大津絵や、針も特産品だったそうです。しかし、鉄道の開通で町が衰退してしまいました(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P170)。

↓大谷駅から数分で旧居跡に着きます。

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そこから更に歩くと、月心寺が見えてきます。

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ここで追分とのほぼ中間地点だと思います。1946(昭和21)年、日本画家・橋本関雪の別邸を寺としたもので、村瀬明道尼の精進料理が有名です。村瀬明道尼は2013(平成25)年に亡くなりましたが、彼女をモデルにしたのが、NHK連続テレビドラマ小説の「ほんまもん」です。何とタレントの出川哲朗がここで料理を教わっていたことがあるのだそうです。

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今となっては信じられませんが、もともとこの辺りは東海道を旅する人々が立ち寄る茶店や土産物屋などが軒を連ねる大変賑やかな場所だったそうです。

歌川広重の『東海道五十三次』の絵の「大津」の左の方に描かれている、滾々と泉が湧いている「走井」の前の茶店が、この月心寺です。

『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』によると旧東海道線、京津線の開通で町が削り取られて衰微したとあります。道路や鉄道を、普通私たちは「線」としてとらえますが、当然、ちゃんと「面積」を持っているので、土地が少ない谷底では、鉄道の開通や道路の拡幅は、即、家の立ち退きを意味したわけです。

こうして廃れた町から、走井の茶店は八幡に引っ越し、同じ「走井餅」を売り出します。

そう、2010(平成22)年12月5日付拙稿善法律寺と謎の標識?で書いた八幡の「走井餅」はこの月心寺の場所にあった茶店がルーツなのです。

店が廃れて持ち主が変わっても、周囲の開発が進んでも、幸い、水は涸れることなく、今も湧いているそうです。

西側にもう1つ出入口がありました。こちらは「山門」だそうです。

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一里町 大津百町のうちであった今一里町など4町が合併した町で、明治7年から昭和25年まで続きました。

↓一体どこに向かう踏切なんでしょう?

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次は、追分です。
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