青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
7日に続いて、浜大津瀬田線について書かせて頂きます。
「京阪バス五十年史」の年表によれば、1961(昭和36)年4月3日に、浜大津瀬田線の認可が出たことになっていますが、実際には、8月7日付拙稿引用の、1952(昭和27)年3月17日の滋賀新聞の記事により、この日に浜大津発瀬田町行きが開通していたらしいことが分かります。
社史か、新聞か、どちらかが間違っているのか、今となっては調査が困難ですが、1961年以前の複数の新聞に、瀬田町行きの京阪バスの存在を示す記事が載っているため、少なくとも1961年以前に瀬田町行きの路線は存在していたと考えるのが妥当だと思われます。
これらの記事については、おいおい触れることにします。

あと、可能性は低いですが、「浜大津瀬田線」ということばが、昭和27年に開通した路線を指しているものではない、という考え方もあります。湖岸道路は昭和40年代に入って全通するため、この当時石山駅-浜大津間のバス路線というのは、今と同じ国道1号線経由と、(今となっては信じられませんが)旧東海道を通る路線に大きく分かれていたようです。昭和27年に開通する浜大津発瀬田町行きは国道経由であることが明記されているので、もしかしたら、社史の「浜大津瀬田線」は旧東海道経由なのかもしれない、と思うのですが、今のところ何とも分かりません。

近いうちに「瀬田町」のバス停がどの辺りにあったのか、現地調査も行いたいと思います。
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