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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
予告通り、今回はT.F.様撮影の懐かしい写真を取り上げたいと思います。

↓滋22か441 1975(昭和50)年式MR470 B-1314

滋22か441

場所がどこなのか、特定するのが難しくて困ったのですが、背後に写っている「山田整形外科」が、撮影から40年近く経った現在も堅田駅前に存在し、大津比叡山線沿線で他に同名の整形外科もないことから、これは堅田駅前ということでほぼ間違いないことが分かりました。

↓同じく1975(昭和50)年式三菱MR470 滋22か440 B-1313

滋22か440

↓更に、同じく1975(昭和50)年式三菱MR470 滋22か439 B-1312

滋22か439

この車については、西大津バイパス線として走行するカラー写真を三条京阪の回で取り上げておりますので、そちらもご覧下さい。

滋22か439-441が車番もB-1312-1314まで連番で、昭和50年代はこのいわば「観光マスクB車3兄弟」が頑張っていたようです。

↓少し時代が下がって、滋22か653

滋22か653

隣の堅田町内循環線の江若交通は滋22か1058なので、単純に考えてもこの2台の間に400台ほどのバスがあるのだろうと思われます。江若のこの中型は、今もありそうに見えますが1983(昭和58)年式でもう30年以上前の車ですので在りません。

↓少し観点を変えて、懐かしい路線図。1980(昭和55)年2月10日T.F.様撮影

PICT0048 55-2-10

比叡山を縦走しているのは、特記事項がないことから恐らく京阪バスではなく、江若交通なのだろうと思います。
この時点で既に雄琴駅回りで運行されていることが分かります。

また、仰木回りで雄琴駅まで行く系統があったということも分かります。

↓1980(昭和55)年11月3日に撮影された運賃表は比叡山線の欄だけで運賃は抜けています。

PICT0043 55-11-3

↓その1年少々後、1982(昭和57)年1月15日撮影時にはもう、運賃表そのものが更新されていて、比叡山線の欄自体がありません。

PICT0024 57-1-15

断言はできませんが、恐らく1980(昭和55)年の間に江若交通の比叡山線は運行を休止したのでしょう。

↓T.F.様が撮影されたこの江若交通の比叡山線は1980(昭和55)年5月28日の撮影です。

江若比叡山縦走 55-5-28

ごく普通のいすゞの路線バスに見えますが、こんなので登れたんですね。

京阪バスはその後も運転を継続しますが、堅田駅までの縦走を廃止して、四明嶽(比叡山頂)止まりとされたのがいつなのかはよく分かりません。完全に廃止されるのは1995(平成7)年8月27日のことでした。

大津比叡山線に乗る機会は結局ありませんで、とても残念でした。堅田駅にも、もはや大津比叡山線があった当時を思い起こさせるものはありませんが、もし何か思い出をお持ちの方、資料をお持ちの方で構わないという方がいらっしゃったら、コメントやメールフォームでお知らせ頂けると嬉しいです。

大型の特集が終わりましたので、中断していたT.F.様の写真の話題に戻りたいと思いますが、主だった地点について現在の様子と比較した写真を撮ろうとしてそれが諸事情で間に合っておりません。その他編集の都合があるので、暫く更新をお休みさせて頂きたいと思います。今月の下旬に再開する見込みですので、ご興味がおありの方はまたお付き合い頂ければと思います。
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コメント
この記事へのコメント
MR470、奥比叡もこのような車で山を登攀していたのですね。定観にB8系の高出力車を投入しながらもアンダーパワーのMR系で対応できたのもギア比を山岳用とした山仕様車だったからかもしれないですね。細かい事ですが2枚目のMRは、前扉の表示が「出入口」となっています。
山では、このような運用もあったのでしょうか。先のB8に戻りますが、阪急の表六甲線や有馬三田線、有馬三宮線ではB8系が活躍していたと思います。思想の違いもまた面白いですね。
2018/10/07(日) 11:21:52 | catcafe | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
catcafe様、初めてのコメントありがとうございます。

> MR470、奥比叡もこのような車で山を登攀していたのですね。

車両なので登坂ですね。登攀は「よじのぼる」という意味で、人間です。
…車両のことが全く分からなくて、ギア比とか数字っぽいことや技術的なことになると「おバカタレント」並でして…何とお答えするのがいいか…すみません(汗 
「出入口」は確かに気になりますね。トップドア車というわけではなく、後ろには後ろで「入口」と書かれていますね。前にも整理券発行機を取り付けていたとは考えにくいので、掲示間違いかなという気もするのですが。
2018/10/07(日) 19:16:38 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
ご返信ありがとうございますイヤー、「登坂」ではなく、「登攀」ですね、なぜならば、MRにしても、B8にしても、当時のテクノロジーでは、人智の限界で、ベテランドライバーの伎倆の限界であったはずで、そうなると、それは人が山を登る様と幾分変わらず、敢えて「登攀」という語を使ったまでです。
コメントした読者を指導されるのは良いと思います。山を登ったバス達、それを操ったベテランドライバーの気持ちを忘れてはいけないと思いました。
因みに、京阪は、ターボ付きのMR系へと続き、阪急は、いすゞの高出力車へと移行します。しかしながら、六甲と比叡山。どちらも厳しさは変わらないと思います。京阪も阪急のような免許維持路線に変わらないよう祈念しております。
2018/10/07(日) 20:34:33 | catcafe | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> ご返信ありがとうございますイヤー、「登坂」ではなく、「登攀」ですね、なぜならば、MRにしても、B8にしても、当時のテクノロジーでは、人智の限界で、ベテランドライバーの伎倆の限界であったはずで、

その意図までは読み取れませんですみません。指導なんて大層なことではないですw 関西人なのでついツッコミを……。

> 因みに、京阪は、ターボ付きのMR系へと続き、阪急は、いすゞの高出力車へと移行します。しかしながら、六甲と比叡山。どちらも厳しさは変わらないと思います。京阪も阪急のような免許維持路線に変わらないよう祈念しております。

よその会社はよく分からないのですが、六甲はもう免許維持状態なんですね。スルッとKANSAIの3dayチケットをもっと使い倒したらよかった…。PiTaPaにデータを乗せられるようにします、とか言われたらそのためだけにでも申し込むのに…。話が逸れますが、昼特もなくなるし、本当に世知辛いです。
2018/10/07(日) 21:07:55 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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