青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
浜大津 はまおおつ
所在地:大津市浜大津一丁目
開設年月日:不明
付近:京阪浜大津駅 京阪大津ビル 浜大津港 明日都浜大津 スカイプラザ浜大津 NTT西日本滋賀支店(旧日本電信電話公社大津電話局) 旧大津公会堂 浜大津郵便局 


今回から本格的に京津国道線の旅を始めたいと思います。

↓まず超一級の資料 T.F.様が1979(昭和54)年7月1日に撮影された浜大津の時刻表です。

54-7-1.jpg

ご覧下さい!信じられますか?朝の6時台から夜の8時過ぎまで、京阪京津線があるにもかかわらず、概ね1時間に3回もバスが走っていたのです。
基本的に1回が三条京阪止まり、1回が京都駅行、1回が四条大宮行という構成です。これで帰りがまたうまくバランスよく三条京阪以東で20分間隔にまとまるのでしょうか?

これだけの本数を、今とさして変わらない50台前後しか所属していない大津営業所だけで回していたのです。
私が知る限り、大津営業所が移転する1993(平成5)年6月19日まで、京津国道線はずっと大津単独の管轄のはずです。少なくともこの時代は大津の管轄です。
南郷中学校系統がなく、石山団地が1時間に3回が基本のはずですが、その代わり国道や湖岸が今よりずっと多かったはずなので、どう車両をやりくりしていたのか不思議です。

ここからは同じくT.F.様撮影の懐かしい車両写真を数枚。懐かしいと言っても私は全く記憶にない車両です。

↓滋22か105 B-1200 昭和46年式MR470 四条大宮行です。

滋22か105

↓滋22か36 社番2434 昭和44年式MAR470 京都駅行 

滋22か36

この当時社番にA、Bなどの区別はありませんでした。今の番号規則に切り替わるのは1975(昭和50)~1977(昭和52)年頃のようで、この時期に在籍していたそれ以前からある車は番号を変更していて、この車両も後にB-1158となります。

↓同じ車種でナンバー1違いです。社番2432 三条京阪発びわこホテル行きです。

滋22か35

何か文句あんのか?どけ!ていうような顔してますね。え?いや運転手さんじゃなくてバス自体が。どういうコンセプトのデザインなのかよく分かりませんが、当時はこれがいい、と思われたんでしょうね。

「きかんしゃトーマス」じゃないから、あんまり擬人化するのもおかしいけど、こんなのが今車庫に入って行ったら、新しいバスが逃げ出しそうな迫力があります。エンジン音も強烈でしょうね。逆にこういうのを運転してみたい!という運転手さんもいるかもしれないですね。

京津国道線は46号経路だけでもいくつもバリエーションがあり、今なら経路番号を分けたり、A、Bと枝番号を振りそうな分岐(四条大宮に行く系統と京都駅に行く系統)もありますが、琵琶湖大橋発着や外畑発着、後にできる西大津バイパス回りなど以外46号経路でまとまっています。

↓これらのバスが現役だった1976(昭和51)年前後のものと思われる、バス停掲示用の運賃表を知人に借り受けてスキャンしたものです。

CCI20151220_00000.jpg

現在と違って、京都市バスの均一運賃区間(京都市交通局エリア)が九条山以西となっています(現在は蹴上以西)。日ノ岡以西で市バスとの調整がかかった特区になっているのは今も変わりませんし、蹴上から四ノ宮の、一見長距離に見える1区は「山科地区」の1区です。現在も蹴上-大宅というかなりの距離でも1区となっているのはずっと「山科地区」だからです。

「琵琶湖ホテル」から「上関寺」までが1区なのはうなずけます。中途半端なようですが、上関寺までが「大津北地区」「大津中央地区」の定期券利用範囲でした。バス車内に掲示されていたあの定期券地区範囲図、どこかに残っていないかな…。

営業上は重要なはずの「国道山科」は、運賃計算上は重要ではないためか、書かれていないというのもすごいです。

…それにしても、基本的なことですが、この図を見る限り、5区がないのに「5区170円」と書かれているのも不思議です。
強いて言うなら、48号経路(外畑ボート乗り場-四条大宮)で、南郷から四条烏丸が5区だろうと思われますが。
知人が昔、まだ京津国道線がある程度本数があった時代、南郷-石山駅と、国道山科-四条烏丸間でバスに乗って、石山―山科間JRを利用するという通学をしていて、その時は何と「石山地区-四条烏丸」(!!)という通しの定期券を買った方が、間にJRを挟んでも却って安かったのだそうです。これが「5区」に相当したようです。

でもこの図を見て、どこからどこが1区なのか、2区なのか、ちゃんと利用者に分かったのでしょうか?

↓こちらはぐっと時代が下がって、滋賀22き314 A-1824号車 1990(平成2)年式 U-MP218M。

滋賀22き314

↓一方、こちらはまんたろう様が撮影された1988(昭和63)年8月8日の浜大津。

S63.8.8 浜大津

大津市内総合線としての浜大津の記事でも使わせて頂きました。27号経路新浜行き、A-1536 K-MP118Mと並ぶ京津国道線B-1619 P-MP618M。同じタイプが何台あったのか分かりませんが、この時代のエアロスターのB車だと恐らくオレンジ色のハイバックシートではないかと思われます。たまに南郷方面に現れて、朝ラッシュ時に狭い通路で乗客を難渋させていました。この当時開通したばかりの旧53号経路(南郷中学校経由内畑行き)に現れたのもはっきり覚えています。

↓今も京都今津線があったなら、この「湖西方面」の乗り場に発着していたのでしょうか。

IMG_5394_20130303122846.jpg

恐らく大津市内総合線でも国道161号線回りの35号経路はこちらに発着していたのでしょう。

↓現在のバスターミナルができてから後はこの5番乗場が使われていました。

IMG_5391_20130303123047.jpg

今も「京都」の文字が読めます。最終運行日、最終便が出た直後早速に消す作業にかかっていました。
最終運行日のことは、2011(平成23)年6月30日付拙稿2006(平成18)年6月30日 その時歴史が動いた?③をご覧下さい。

↓出発の前に、お腹が空いたので、市立図書館近くの角の「麺せい」さんでお昼。

IMG_5407.jpg

市立図書館で日がな一日調べ物をするような時はよくお世話になりました。

T.F.様、まんたろう様、いつも貴重な写真をありがとうございます。

次は、札の辻【京津国道線】/浜町勧銀前【大津市内総合線】/市役所前【旧大津市内線石山駅方面】/川口町<【旧大津市内線三井寺方面】です。
※本シリーズでは、札の辻に向かいます。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/889-b6685c82
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック