青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
長らくお待たせ致しました。本日から更新を再開したいと思います。以前と同じような間隔にきっちりできるか分かりませんが、旅行記等、今まで相対的に少なかったタイプの記事も多くできればと考えています。よかったら宜しくお願いします。

さて、今回はちょうど60年前の今日、1957(昭和32)年8月10日付の京都新聞市民版に載った記事から。

↓京都市民も大津市民も、知っているようで知らない陀羅谷についてまとめられている珍しいものです。

S32.8.10KC 陀羅谷b

(クリックすると大きくなります。現在は一般的と言えない表現が含まれていますが、時代背景を考えそのままにしております。個人名は消しています)

陀羅谷(だらだに)…南郷辺りに住んでいると、「千寿の郷の奥にもひとが住んでいるらしい」「少し行くともう京都市」などと何かの折に聞くことはある地名ですが、正式には京都市伏見区醍醐一ノ切、醍醐二ノ切、醍醐三ノ切の3つに分かれています。

新聞記事では、陀羅谷の由来についても触れられていますが、正式な行政地名でないために、地名事典にもほとんど出て来ない地名と思われる陀羅谷の由来が分かるというのは貴重な資料です。

この他、次男以下は必ず地元を離れて世帯数を増やさないといった伝統や、今も生きているのであろうと思われる、京都市でありながら大津市立石山小学校、南郷中学校(現・石山中学校)に通うという特例についても触れられています。尤も今、学齢期の子どもはいないのではないかと思いますが。
京都側に向かう道路事情は悪く、歩くしかなかったようです。今もそれは変わっていないと思います。

千寿の郷から奥に進みます。この辺りはまだ大津市です。なお、この近辺の数軒の民家や会社、千寿の郷は大津市千町ではなく、大津市石山千町に属しています。住居表示制が導入されないまま残っている地域ということでしょう。

IMG_2561.jpg

↓更に進むと「京都市」の標識。

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唐突で、予備知識がないと驚かされます。

↓反対側に「大津市」という案内はありません。

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この辺りで写真を撮っていると「ジムニー」というんでしょうか、軽自動車ながら野生的な走りを楽しみたいような方が乗る車が何台もぞろぞろ登って行きました。滋賀よりはむしろ、大阪や神戸など、近畿の他府県のナンバーが多かったような気がします。後でネットを見ると、荒れた道を走るスリルを楽しみたい方の間では有名なようです。

↓集落の入口にある表示

IMG_2563.jpg

郵便番号は601-1387 これは一ノ切、二ノ切、三ノ切共通です。
どうも石山に近い方から三ノ切、二ノ切、一ノ切と並んでいるようです。逆に言えば京都側から順番に数えているということでしょう。

郵便は、伏見東郵便局から配達されているようです。どうも笠取が宇治市でありながら伏見東郵便局の管轄のようで、そことセットになっているようです。

その点、大津側から配達されるため、京都なのに例外的に520番台の郵便番号が割り振られている左京区の久多とは違います。

↓集落が見えてきました。

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↓集落の中心部で、笠取方面の道と分かれます。

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↓安心都市京都…ここはやっぱり京都なんですね。

IMG_2572.jpg

↓こちらは集会所。公衆電話があるのですが…

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↓何と番号が割り振られていて、その市外局番は大津と同じ077です。

IMG_2574.jpg

郵便は京都側から来ますが、電話線は大津側からしか張りようがなかったのでしょう。
京都市で市外局番が077なのは、陀羅谷のおよそ6世帯だけです。

イタズラを防ぐため、画像は加工していますが、実際には普通の番号が書かれています。この番号に掛けたら、どなたが出て下さるのでしょうか???

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