青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回ご紹介した、京津戦の緑ヶ丘グラウンドの記事で書かれている「都市計画図」とは、京都府立総合資料館に所蔵されている『都市計画図「小山」』(1935)のことなのですが、これが一番はっきりと緑ヶ丘運動場の位置が分かる図面だろうと思われます(部分)↓

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名神高速道路の京都東インターチェンジの設置や、西大津バイパスの開通で劇的に変化した藤尾周辺ですが、それでもこの戦前の図面に描かれている細い道も、かなりの部分が今も残っています。

この位置を現在の地図に当てはめて、運動場のほぼ中心だった位置を中心に置くと、以下のようになります↓



北は四ノ宮川、東は藤尾市民センター前の通り、南は京阪京津線、西は日本窯工の東側、四ノ宮川から京津線にかけてのラインに囲まれた範囲が緑ヶ丘運動場と考えてほぼ間違いありません。

大津からも京都からも近く、試合がある日は臨時駅が作られて電車がとまった。駅はセンター後方スコアボードのすぐそばにあり、電車を降りると目のまん前が球場で便利なところだった。
(村井正夫「思い出の緑ヶ丘球場」『湖国と文化』1986年夏号 P36 1986)



上の都市計画図で、運動場の南西角に描かれているのが恐らくスコアボードで、そのすぐそばということは、駅は現在の「府県境」信号機の辺りだろうと思われます↓
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写真では分かりにくいのですが、地下と地上、地上と高架の行き来といった短距離の区間を別にすれば、鉄道としては珍しいくらい目に見えて厳しい勾配で、駅なんて作ることができたのだろうか、と思われます。実際、後でそばにある藤尾道踏切の勾配票を見ると36‰もありました。これは本来駅を作ることができない勾配上に、特別に許可を得て設置されている大谷駅の勾配に匹敵します。

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今回も私より道路その他の構造物に詳しく、地図の見方も細かい膳テツさんが同行して下さったのですが、「勾配のために常設駅にするような許可は出ず、この時代のことだから、板でも敷いた程度の簡素な造りだったのではないか」とのことでした。

↓今も降りることができる造りになっていて、年季の入った階段はもしかしたら駅があった当時からあるものなのか、と思わせる雰囲気があります。

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↓逆に球場があった方向を眺めています。右中央に写っているお宅の辺りにスコアボードがあったのだろうと思います。

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そこから京津線沿いに歩くということは即ち、球場の南の縁(へり)を歩いているということになると思います。

↓そして、敷地の南東端は藤尾市民運動広場の南東端でもあります。

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これが球場の名残ということなら面白いのですが、戦後の住宅地図等の資料を確認する限り、様々な変遷があってそういうことでもないようです。
そもそも、球場は地元の地主の土地を京阪電鉄が借りるという形で作られたもの(村井正夫「思い出の緑ヶ丘球場」『湖国と文化』1986年夏号 P36 1986)ですが、市民運動広場はほぼ大津市のもので間違いないでしょう。

なお、球場には京阪が専任管理者を配置したり、関係者に優待券を発行したり、また試合時には軽食を出すなど、単に土地を借りて設置するだけでなく、運営に深く関わっていたらしいことも同記事から分かります。

↓現在はこの市民運動広場と藤尾市民センターに挟まれた通りは京津線と国道1号線をくぐって、南側の旧東海道につなげるため、大きく窪んでいます。

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しかし、これは名神高速道路や西大津バイパスの工事の関係でこうなったものであって、冒頭の都市計画図を見る限り、もともとは京津線を踏切で渡っていたのだろうと思われます。

通りを北に向かって歩くのですが、上の写真でも写っている杉の木が邪魔で西向きの見通しがあまり利きません。

それを抜けると、球場の北東端と思われる位置に着きます。

↓左奥に写るマンションから、右手の木、そしてそのマンションと木の間にフェンス、この向こうに四ノ宮川が流れています。これが球場の北を仕切るラインです。

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先の記事で、村井は「ライト側の球場裏には幅1メートル半ほどの小川があり、水が大変きれいで冷たかった。試合後はその流れにつかって汗を流し、気持ちよく帰路についたものだ」と書いていますが、それが四ノ宮川のことでしょう。

↓今は、是非つかりたいとは思えません。

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↓ただ、水は透き通っていて、もともときれいだったのだろうな、と思わせるような雰囲気はあります。

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↓そしてこの辺りから山を眺めると…

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1927(昭和2)年7月24日付大阪朝日新聞↓

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左側の稜線のへこみが、上の写真の稜線のへこみで、右側のへこみは、上の写真では写っていませんが、マンションの影になる位置に確かにありました。これがいわゆる「象ケ鼻」なのでしょうか?
本当は恐らく、新聞の写真は、球場の東側から撮影されているのですが、現在はそこに杉の木が植わっていて視界が開けないのです。かといって施錠されているグラウンドに勝手に入るわけにもいかず、何とか稜線の形が確認できるところがないか、と思って撮影したのが新聞の上の一枚なのです。

↓球場は恐らくこの倍以上、今写っている右手の住宅街の方も全部含んでいたのでしょうけれど、グラウンドがあるというだけで、球音が今も聞こえてきそうな気がします。

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緑ヶ丘球場はその後、1942(昭和17)年頃から戦争の影響が出始めて野球どころでなくなり、芋畑になりました。1945(昭和20)年に京阪電鉄が地主に土地を返還して、球場の歴史は完全に幕を閉じました((財)滋賀県体育協会編『滋賀県体育協会史』P26 1989)。

結局ここの何がどう「緑ヶ丘」なのかは分かりませんでしたが、地名事典等に記載がないことなどから、私の推測では「緑ヶ丘にできた球場だから緑ヶ丘球場」ではなく、球場の名前が先にあって、「緑ヶ丘」という呼称が定着したのではないかと思います。球場があった当時は東海道沿いに素朴な町家が並ぶ向こうに象ケ鼻の緑が差し掛かって、「緑ヶ丘」の名にふさわしい雰囲気があったのだろうと思うのです。

次は、四ノ宮【京津国道線他】/藤尾小学校【山科北部線他】/国道音羽【山科北部循環線旧30B号経路他】です。
※現在、国道音羽に向かう定期路線はありません。四ノ宮は先に取り上げてしまっていますので、本シリーズとしては次回は国道山科を取り上げます。
但し、次回から6月いっぱいまでの間は京津国道線の話題は一旦お休みさせて頂いて、暫く別の話題を取り上げる予定です。7月以降、京津国道線に戻るつもりでおりますので、またお付き合いのほどお願い致します。
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コメント
この記事へのコメント


京阪電車は阪急と同じように住宅開発もしますから緑ヶ丘の呼称は電鉄会社が付けたはずです。
くずはモールタウンだとか琵琶湖ローズタウンだとか後にバス停や駅の名前にもなりました。
USJの京阪ホテル開業は淀屋橋からの延伸をさらに延ばす予定で、湖西線の開通と坂本の地元民の反対でなくなりましたが坂本から堅田まで延伸予定でした。
京阪は石山から名古屋まで延伸しようとしていたくらいですから。


緑ヶ丘とは水田に出来た球場の名前をそのまま使った場所で、グランド東の道より東の家も緑ヶ丘町内で、東側でも四宮川の北は追分町でした。
1975年に行政区域の変更のため現在ではバイパスで区切り、東が追分町、西は横木2丁目ですが、横木2丁目の町会の構成は追分町、緑ヶ丘、下横木の一部、新町と5つくらいに別れます。
なぜ住所区分を変えられたかですが、表向きは郵便、そして事情通には若い核家族の新しい町と年配の夫婦の多い古い町をくっ付けて経済格差是正という説明がなされていますが、本当の理由は全く別分野の資料を見ているうちに別にあったと推測されます。
この緑ヶ丘は北の四宮川までが北限でその北にはかつては象の本体と頭の部分である山と藤尾小学校の西端の坂ノ下まで続く象ケ鼻がありました。
2013年の台風では四宮川が溢れて追分駅が水没したのはYOUTUBEで確認できます。

自動車教習所は昭和36年には存在し、5年くらいはあったはずで緑ヶ丘球場の東が国鉄官舎で現グランド、国鉄官舎の西に教習所となっていました。

藤尾の歴史という本は2種類ありまして、古い方は、異動の話があっても断った藤尾小学校校長の書いた本です。
後の本も元教員が書かれています。こちらは存命です。

古い方の藤尾の歴史は昔見たことがあり校長が野球に関わられていたと記載があったらしいと聞きましたがどこで見たかよく覚えていません。


2017/03/15(水) 16:53:25 | 滋賀の影丸 | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
滋賀の影丸様、コメント頂いていたのに遅くなりました。

> 京阪電車は阪急と同じように住宅開発もしますから緑ヶ丘の呼称は電鉄会社が付けたはずです。

確かに可能性はありますが、はず、ではない確たる資料が欲しいところですね。まあ、私も資料が見つけられないことがよくあるので、あまりひとのことばかり言えた義理ではありませんが。

> なぜ住所区分を変えられたかですが、表向きは郵便、そして事情通には若い核家族の新しい町と年配の夫婦の多い古い町をくっ付けて経済格差是正という説明がなされていますが、本当の理由は全く別分野の資料を見ているうちに別にあったと推測されます。

その別にあった推測については書かれていませんが、何だか気になりますね。

> 藤尾の歴史という本は2種類ありまして、古い方は、異動の話があっても断った藤尾小学校校長の書いた本です。
> 後の本も元教員が書かれています。こちらは存命です。

私も1冊は確実に見ているのですが、もう1冊はよく分かりません。もう一度検索してみます。
2017/03/19(日) 00:31:08 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
Re: タイトルなし
4月11日に非公開コメントを下さった方へ

コメントありがとうございます。
非公開とされていますが、お問い合わせに対する回答をこちらで公開させて頂いて宜しいでしょうか。宜しい場合もHNは出しません。
メールフォームもお使い頂けます。どちらでもご都合の宜しい方でお知らせ下さい。
2018/04/12(木) 20:39:00 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2018/04/16(月) 17:30:58 | | #[ 編集]
お問い合わせの件
非公開コメントについて、内容は分かっても宜しいということでしたので、こちらに返事をさせて頂きます。

昭和46年以前の藤尾の道路地図や写真ですが、滋賀県立図書館に弘報社の「大津市住宅案内図」というのが所蔵されています。1966、1968、1971の各年版が参考資料室書庫にあります。今はどうか分かりませんが、去年、一昨年くらいまでは「書庫」と言いながら自由に出入りできるコピー機のそばの小部屋の中にありました。
大津市立図書館には1972年版があるようです。

「住宅案内図」というタイトルなので、「住宅地図」だと思ってそれをキーワードにしてしまうと、これらが見つからないこともあり得ます。ちょっとした盲点です。

国立国会図書館には1971年版の善隣出版社(いわゆる「ゼンリン」)の住宅地図が所蔵されていて、これも見に行った記憶があります。

どこかにも書きましたが住宅地図は、特に古ければ古いほどこれはフリーハンドか?と思うような描き方で、歪みもきつかったりするのですが、それでも位置関係や道路のつながり方くらいはかなり分かるものです。より正確さを期そうとするなら、やはり各図書館に所蔵されている国土地理院の各年度の地形図と合わせて確認するといいかもしれません。滋賀県立、大津市立両図書館では参考資料室で自由に閲覧できます。

あと、言及されている「京都市都市計画図」は私が本記事にて引用しているものと同じなのか否かがコメントの文面では分かりかねたのですが、ネットの画像でなく原典を当たってみられると何かが分かるかもしれません。
京都府立総合資料館の後を受けてできた、京都府立京都学・歴彩館でいろいろな都市計画図が見られるようです。

国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1で、年代や場所を絞り込んで空中写真を検索するというのも私がよく使う方法です。

ただ、ここまでに述べた方法で、仰っているような土手の地形など、そこまでミクロなものが分かるかどうかは分かりません。

場所が分からないので何ともですが、土手を工事するようなことで行政がかかわっていないとは考えにくいので、土木事務所に許可した時の資料がないか確認するとか、境界線とかが絡むなら法務局とか…。私は専門外なのでよく分かりませんが、情報開示請求してみるとかどうでしょうか。でも残っていないだの、個人情報が絡むだの、何とかかんとか言われて出してもらえなさそうな気がしますし、時間のかかる根気のいる調査になりそうな気がします。

あとは余談ですし釈迦に説法だったら失礼なのですが、先ほどの「住宅案内図」のケースでも分かりますように、各図書館サイトの蔵書検索キーワードの入れ方や年代を少し変えるだけでもいろいろ見えてくるものがあります。是非一工夫二工夫してみて下さい。

お役に立つかどうか分かりませんが、ご参考まで。

因みに、差し支えなければご紹介頂いた緑ヶ丘球場の新聞記事は、何新聞の何月何日付か教えて頂けると助かります。
2018/04/17(火) 21:35:42 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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このコメントは管理者の承認待ちです
2018/04/20(金) 10:13:22 | | #[ 編集]
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