青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
石山駅前で、この掲示をご覧になった方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。

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あまり帝産の動きを知らなかったんですが、いつの間にか晩には少しあった信楽行きの直通便がなくなっていたようです。そして今回8月1日のダイヤ改定で、信楽案内所発着の便が一切なくなり、信楽駅発着に改められました。信楽と石山を直通する便も完全になくなりました。

以前から、通常「信楽行き」とアナウンスされ、行き先表示も単に「信楽」でしたが、その「信楽」がどこなのか自体あまり意識したことがなく、少なくとも「信楽駅」ではないらしいということだけは何となく知っていたという状況で、今回の廃止は、歴史的な一大事だろうと思い、恐らく20年以上ぶりに信楽に出向きました。

大津市内から信楽に行くためには、新名神高速道路を別にすれば、帝産バスが通る県道16号線大津信楽線か、曽て国鉄(JR)バスが通り、今は信楽高原バスが通る国道422号線の2つが一般的なルートでしょう。

今回は国道422号線を経由しました。

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県立ライフル射撃場の辺りから奥はほとんど知らない道ですが、うっすらとした記憶ではもっとくねくねとしていた気がします。富川トンネルなんてもちろんありませんでした。ここ何年かでどんどん改良されているようです。今度、国鉄バスの足跡をたどって、旧道をゆっくり探訪してみたい気もしました。

信楽の中心まであともう少し、というところに「信楽案内所」はありました。

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いや、「案内所の跡地」と「信楽案内所バス停」があったという方が正確でしょう。

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暫くしてマイクロバスが来ました↓

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こうして見ると、フェンスの右の地面が白くて、ここに建物があったのかな、と思って後でYahoo!地図を調べたらやはりそのようでした。



Googleマップは面白くて、ストリートビューは建物が写っているのですが、航空写真に切り替えると建物が消えます。


ロータリーから撮影。比較的大きな陶器店「かみ山陶器」さんの向かいです。フェンスの手前の地面が白いのが分かります↓

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私は周囲が驚くくらい、何m、何cmとか、長さ、大きさに対する感覚や空間的な認識をする力が弱いので、面積など全然見当がつかない(そもそもそういうことを考えない)のですが、そんなに大きい建物があったようには見えません。

↓ここに建物があったことを窺わせるのは、今はこの消火器の札くらいではないでしょうか。

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↓道の反対側からは発車を待つバスが見えますが、建物があった時にはこの角度では見えなかったことでしょう。

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↓出発です。本当は田上車庫行きのはずですが、表示の変更が忘れられているようです。

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思えば、ポールは使用していないので、バスに乗りたい時は「案内所」のロータリーの中に入って待っておかないといけないことになります。これなら、ポールも中に立てるべきのような気がします。

とここまで書いてから、もう一度Googleストリートビューを見直すと、案内所の建物があった当時は、ちゃんとロータリー内にポールがあったようです。

次回も帝産バス信楽案内所の話題を続けます。
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