青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
先日4日、NHKで「ブラタモリ」の「二子玉川(ふたこたまがわ)」が再放送されているのを見ました。東京都世田谷区、俗に「ニコタマ」と呼ばれ、東京近辺では洗練されたおしゃれな街として名高い地です。最初、二子玉川は工事ばかりやっている、などと言ってあまり乗り気でなかったタモリですが、高島屋ショッピングセンターができた1969(昭和44)年以前の、今となっては信じられない田園風景の写真を見たり、高島屋の事務所がもともとボーリング場で、今もその跡が残っていることなどを知って、だんだん調子が出てくるのが面白いです。

今ではああいう郊外型の店は珍しくありませんが、物珍しさで遠くのひとも集まって大渋滞になったそうです。しかし翌年には、客がぱたっと来なくなってしまったのだとか。「飽きられた」というよりは、恐らくまだ「ショッピングセンター」の使い方、何たるかが日本人に浸透していなかったのでは?というのが当時の担当者の見解でした。そういう話を聞くと、我が地元、平和堂石山店が、1970(昭和45)年開店当初は全国最大規模のスーパーマーケットだったという話も、まさか…!と思っていましたが、本当にそうだったんだろうな、と思えてきます。

番組のピークは「玉電」こと東急玉川線の話題でしょうか。玉電グッズで飾り立てられ、運転席まであるソバ屋の店内で、「運転」を披露する時のタモリの嬉しそうなこと…。

それにしても、玉電が廃止されたのは、くしくも江若鉄道と同じ1969(昭和44)年なのですが、玉電の方が廃線跡がよく残っているように見えました。鉄道柵など、物理的にもですが、精神的にもというのか、住民の心の中に残っている様子なのです。親も玉電を知らない世代であって不思議ではない小学生でさえ、昔の駅名や位置が分かっていることに驚きました。昔、駅があった位置には、道路に表示があったり、石碑があったりするからなのでしょう。江若で、ああいったものがあるとは聞いたことがありません。今の、堅田や、旧志賀町、或いは湖西方面の子どもは、江若鉄道、と言ってピンと来るのでしょうか。

まあ、昔のことが分かったからなんやねん、と言われればそれまでなんですが、私はどうしても、何事も、どういう道筋を経て今に至っているのか、ということが気になってしまうし、記憶が絶えてしまうよりは、できれば続いていく方がいい、と思うのです。
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コメント
この記事へのコメント
江若鉄道
 玉電さんと江若鉄道の延べ乗車人数が違うのかもしれませんね。
浜大津から湖西は今でも「町の中心部を走っている」という感じではありませんものね。

 喜撰猿丸さん これはご存知でしょうか。京阪電車の三井寺駅の近くからこんな風に少しだけ廃線跡をたどる事ができます → http://michiyo0520.blog20.fc2.com/blog-entry-1724.html
ただし、「大津絵の道」となっています。
江若鉄道の廃線跡は殆ど湖西線の用地となりましたから残る事なかったのかもしれません。
2011/01/30(日) 22:23:29 | yume | #U0QYcVSU[ 編集]
No title
コメントありがとうございます。
そうですね、人口の母数が少ないし、物理的な痕跡もない、だから、人々の記憶からも、割と早く消え去ってしまった…、それはあり得ますね。

ご紹介頂いた記事、拝読しました。各サイトさんで知ってはおりますが、浜大津より向こうというのはよく知らなくて、滅多に行くことがないので、未踏査です。花粉の影響がなくなって、暑くも寒くもない晴れた日(すごく限られますが)に出掛けてみようと思います。
2011/01/30(日) 23:31:51 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
連想する東急玉川線
私は元々玉川線の沿川住民(但し廃止後)だったりするのですが、なにより現在、東急田園都市線に名称が変更されてしまった渋谷〜二子玉川間が新玉川線という名前であったこと。渋谷の玉電ホームは長く原型を残したままバスターミナルとして使われていたこと(しかもターンテーブルで折り返す)。そして、三軒茶屋〜下高井戸は世田谷線として残っていたことは大きかったと思います。
更に、二子玉川から2駅の高津には電車とバスの博物館(入場料10円!)があり、玉電関係の展示物も豊富でした。
電車が好きな少年であれば自然と歴史が伝わってくる仕掛けが随所にあったように思います。
2013/06/23(日) 20:34:10 | じゅうしまつ | #-[ 編集]
Re: 連想する東急玉川線
じゅうしまつ様、いつもありがとうございます。
何の記事にくださったコメントなのだろう?と思って見返して、ああそういえばこんなこと書いたなあ、と思い出しました。

> 私は元々玉川線の沿川住民(但し廃止後)だったりするのですが、

それはすごい!何だかそう言われるだけでおしゃれな感じがしてしまう。

>渋谷の玉電ホームは長く原型を残したままバスターミナルとして使われていたこと(しかもターンテーブルで折り返す)。そして、三軒茶屋〜下高井戸は世田谷線として残っていたことは大きかったと思います。

ターンテーブルは面白いですね。関西では祇園や中書島などが有名でした。

> 更に、二子玉川から2駅の高津には電車とバスの博物館(入場料10円!)があり、玉電関係の展示物も豊富でした。

今は宮崎台にあるのでしょうか?入場料は100円になっていますが、物価水準から考えると、当時の10円に匹敵する安さですね。
2013/06/23(日) 21:03:40 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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