青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1962(昭和37)年11月11日から約46年間、京阪バスと瀬田川沿いを並走していた、京阪宇治バス石山線が廃止されて、早いものでこの11月でもう2年が経過しました。京阪宇治交通時代からこの路線を引き継いでいる同社としても、思い入れがある路線だったのか、維中前バス停には、当時、わざわざ路線の開設年も示した廃止告知がされていました↓ 「宇治田原町の皆さまへ」という書き方も、あまり例を見ないものだと思います。

維中前 バス停掲示

開通当時の新聞記事…

京阪宇治交通会社=本社宇治市=は十一日から宇治-大津市石山を結ぶ新路線に直通バスを運行する。
新路線は、既設の京阪宇治駅-岩山間を延長し、宇治市から岩山を経て猿丸神社-開拓村-鹿跳橋-南郷-石山寺-国鉄石山駅間の二十八・二キロを一時間十五分(百四十円)で走る。

京都新聞第一滋賀版 S37.11.10付


開通の翌日の同紙府下版には、開通式の写真とともに、ダイヤも記載されていました。

宇治発 7:40 9:30 11:45 13:50 16:30
石山発 10:17 12:07 14:25 16:27 19:05


所要時間の割に、折り返し発が遅い気がします。石山駅は今でも十分な土地がありませんが、この当時から交通が輻輳して問題化しており、何度か新聞記事にもなっているほどなので、留置しておくことはできないと思いますし、京阪バス大津営業所で休憩していたのでしょうか。大津営業所はこの翌年の4月に本宮町の現在の大津市民病院の辺りに移転するまで、追分にあったので、かなりの距離があると思いますが…。

因みに、石山線開通時、宇治川ラインは道路そのものがなく(昭和39年完成)、もちろん、宇治川ライン線は存在しませんでしたが、1965(昭和40)年に京阪バスと京阪宇治交通が路線免許を申請をしたことまでは分かっています。ただ、1977(昭和52)年3月21日に開通したことがはっきりしている京阪バスと違い、京阪宇治交通の宇治川ライン系統(後の90系統)の具体的な開通時期はよく分かりません。

石山線在りし日の懐かしい写真を、読者のまんたろう様からご提供頂きました。80年代、90年代という、ちょっと昔が意外に手が届きそうで届かないので、私も大変うれしかったです。ありがとうございます。

京22か2983

1989(平成元)年2月5日 石山駅にて撮影

かつての石山駅の雰囲気が懐かしいです。明確な乗り場がなく、バスは大体真ん中に停まるという雑然とした状態でした。

京22か3307

1988(昭和63)年4月17日 宵待橋-桜谷

個人的に大変好きな写真です。バスが今にもこちらに走ってきそうな臨場感と、宇治川ラインらしい道路のカーブがなんともいいバランスだと思います。更に、桜がきれいないい時期にうまいこと行かれたものです。平地ではもう終わっている頃ですね。この写真の撮影地メモを見るまで、「桜谷」なんていうバス停の存在も忘れてしまっていて、一瞬、大石の「桜谷パークタウン」を思い出してしまいました。

まんたろう様の写真は、まだあって、公開は認めて頂いているのですが、量がかなりあるので、今後どういった形でお出しするのがよいか、検討します。
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コメント
この記事へのコメント
No title
こんにちわ。

宇治川ラインのバスですが、京阪宇治~天ヶ瀬ダム間に2度ほど乗車したことがあります。

1984年のGW。家族連れで天ヶ瀬ダムへ遠足に出かけたときでした。天ヶ瀬ダムにはアスレチックもあり、みんなで楽しみました。また、帰りは、[90]石山駅発宇治車庫行きに乗車しました。

次に宇治川ライン系統に乗車したのは、1995年秋。当時の京阪宇治交通は、1997年に天ヶ瀬ビアガーデンをオープンさせ、樟葉駅や松井山手方面から直通バスを運行して観光客を呼び込むなどの努力がなされていましたが、わずか5年ほどで閉園となったのは残念です。今や天ヶ瀬ダムを経由する一般路線すらなくなってしまいましたね。アスレチックもいつの間にかなくなってしまったし。
2010/11/11(木) 23:50:00 | N-3899 | #CZ2g33i2[ 編集]
No title
私も、数年前、宇治川ラインを経由する定期路線がいつの間にかなくなって、宇治田原方面が全て立場林道経由になっていることに気づいて驚いたことがありました。
乗っておけばよかった、と思う路線の1つです。
2010/11/12(金) 00:28:39 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
No title
少し前への記事への投稿、失礼致します、7号系統です

このコメントが気になったものですから・・・

>留置しておくことはできないと思いますし、京阪バス大津営業所で休憩していたのでしょうか

当時を知る私の記憶ですが
この京阪宇治交通のバスは、石山駅前のバスターミナルで
長時間の時間調整をしていました

乗務員の方が外に出て、非常にヒマそうにしていたのをよく覚えています
ただ可愛そうな事に、長時間滞留した石山駅でせっかく乗降客をのせようとしても、ほとんど乗る人がいなかった様な・・・?

このあたり国鉄バスの事情とよく似ていましたね。
2011/02/28(月) 01:36:11 | 7号系統 | #74M0PgTc[ 編集]
宇治交通の留置
> 当時を知る私の記憶ですが
> この京阪宇治交通のバスは、石山駅前のバスターミナルで
> 長時間の時間調整をしていました

恐れ入りますが、昭和37年のダイヤを前提として「留置しておくことはできないと思いますし、京阪バス大津営業所で休憩していたのでしょうか」と書かせて頂いたのですが、この「当時」をご存知なのでしょうか?それとも、その後、7号系統様がご存知の時代に入っても、このダイヤとほとんど変わりなかったということでしょうか。

ただ、長時間滞留していた、というのはご覧になった記憶の通りなのでしょうね。廃線前末期の頃は、さすがにすぐに折り返していました。確かに、石山駅に行く方はまだしも、南行きに乗るひとは少なかったでしたね。京阪バスの回数券が共通使用できたので、私はわざわざ狙って乗ったりしたことがありました。
2011/02/28(月) 11:04:05 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
おぼろげですが
7号系統です

すみません、はやとちりでしたね
さすがに昭和37年当時の記憶はありませんが
私が小中学生の頃(1980年代初め)も
さほど変化は無かったかと推測します
ただ開通当初は道路事情も加味して
若干余裕のあるダイヤを組んでいた可能性はありますね


石山系統の京阪宇治交通について
少し記憶が混乱気味なので整理させていただきたいのですが
当時、京阪宇治交通の宇治方面~石山駅には
ふたつのルートがあったと記憶しています

ひとつは主題にあがっています
・宇治車庫~宇治川ライン~石山駅のルート

もうひとつは
・宇治方面~大石小田原町~大石小学校~石山駅のルート
こちらは、大石小学校前での折り返しルートがメインで
石山駅まで直通する便は少なかった様に思います

主に大石小田原町の小中学生の輸送が目的でした


う~ん、記憶違いなら申し訳ありませんが・・・。
2011/02/28(月) 21:59:31 | 7号系統 | #74M0PgTc[ 編集]
Re: おぼろげですが
こちらの方も、コメントありがとうございます。

> すみません、はやとちりでしたね

いいえ、こういう性格で、誰にでも結構パサッとサクッと言ってしまう(笑)ので、きつく聞こえたらごめんなさい。
確かに距離が長いと、定時運行を保つのが難しいでしょうから、余裕は持たせていたかもしれませんね。

> 石山系統の京阪宇治交通について
> 少し記憶が混乱気味なので整理させていただきたいのですが
> 当時、京阪宇治交通の宇治方面~石山駅には
> ふたつのルートがあったと記憶しています

はい、おっしゃる通りです。
本当は本記事で、宇治川ライン経由の80系統の写真を取り上げるとややこしかったなあと反省しています。しかも80は石山駅発着でなく、維中前発着なんですね。宇治川ライン経由で石山駅まで来ていたのは90系統ですね。

生誕48周年だったのは、大石小学校、小田原経由の方です。この記事をUPした段階では、宇治川ライン経由のバスがいつ開通したか分かりませんでしたが、最近、京阪宇治交通社史『地域とともに60年』(1983)の記述から、1970(昭和45)年8月2日開通、ということが分かりました。(ていうか、自分でチェック入れていたのに、入れていたことを見落としていました 汗)

86系統 石山駅-大石小学校-維中前-京阪宇治
87系統 大石小学校-維中前-京阪宇治
96系統 石山駅-大石小学校-維中前
97系統 大石小学校-維中前

85年からは、これらにBがつくと、寿長生の郷経由です(終始Bがなかったものもあると思います)
また、7号系統様の世代ですと、「維中前」より、「岩山」の行き先の方がなじみがおありかもしれません。

私の手元にある、1978(昭和53)年の時刻表ではおっしゃる通り、私も意外だったほど、大石小学校発着が多く、平日ダイヤで5本中3本ですが、85年の京阪時刻表では、石山駅発岩山行きが3本あり、91年の段階では宇治まで行く便ばかり4本になっています。

> 主に大石小田原町の小中学生の輸送が目的でした

そうですね。これを引き継いでいるのが、現在の京阪バス4G号経路です。

宇治交通は専門外なのですが、並走していた、回数券も共通使用できるグループ会社だったので、大いに関心を持っております。今後も調査を進めますので、宜しくお願いします。
2011/02/28(月) 23:00:46 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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