青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
国語の教科書で何の話を読んで、何が印象に残ったのかという話は意外に盛り上がったりします。勉強はどうも苦手で、というひともたいてい1つや2つは印象に残った話があるものですし、国語は不得意という理系の方でも1980年から2001年という長きにわたって掲載されたアルフレッド・ウェゲナーの大陸移動説を紹介した科学読み物に近い文章は印象に残っている方がいるのではないでしょうか。
国語については圧倒的に光村図書の採択率が高いため、どこの出身の方でも世代が近い場合や、長い間収載され続けている題材だと話が合うものです。

最近、ネットでもテレビでも「秘境駅」がちょっとしたブームで、私もJR北海道のいわゆる「白滝シリーズ」の廃止前の様子を見に行ったりしたものですが、そんなことをしているうちに、ふと、国語の教科書で読んだ話を思い出しました。

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砂漠の真ん中に駅があって、誰も乗り降りしないのに3人駅員がいて…という話だったと思うのですが、続きは思い出せませんでした。ネットで検索するとジョーン・エイキン(Joan Aiken 1924-2004 「エイケン」と表記することも)の「三人の旅人」だと分かりました。

↓短編で、それだけで1冊の本にはできないため、他の話と合わせて『しずくの首飾り』(岩波書店 1977)に収載されています。

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今でもアマゾンで簡単に手に入れることができるほか、滋賀県立、大津市立など各地の公共図書館で読むことができます。

その駅の名まえは「さばく」といいました。そこには建物がひとつだけたっていました。三人の男がそこにすんでいました。信号手のスミスさん、荷物がかりのジョーンズさん、きっぷ切りのブラウンさんです。



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この後、駅の利用者はないということが書かれていますが、そこを読まないうちから、誰も利用しなさそうだなということが想像に難くなく、大人の目で見ると結構荒唐無稽で、ツッコミどころ満載です。実は、人里離れた一軒家のおばあちゃんが週に1度乗り降りして、とか、もっと小さい子ども向けの絵本のように、動物が乗り降りして、というような話でもありません。
隣の駅まで1,000マイル以上離れた本当の究極の不毛の秘境駅です。
…1,000マイルというのが子どもの頃はよく分かりませんでしたが、約1,600kmです。時速80キロと考えると、東にも西にも20時間以上かかる計算です。稚内から枕崎も鉄道で約2,800kmです。…やっぱりちょっと現実的でない気がします。そこがいいところでもあるのですが、作者のエイキンもそういうツッコミを見越したかのように、

こんな小さい駅なのに、三人も駅員がいるのはおかしいと、みなさんはおもうかもしれませんね。



と書いています。でも…

ところが、こんなさびしい場所に人をふたりしかおいてないと、けんかをしやすいのです。でも三人だと、そのうちふたりは、いつでも三人めの人について、ふたりでぶつぶつもんくをいうことができるので、とてもぐあいがいいのです。鉄道の仕事をしている人たちには、こういうことがよくわかっていたのです。



いやいやいやいや!そんなことが続いたら、だんだんその「3人目」は固定されて、人間関係がおかしくなるでしょう。

その点、「日本昔ばなし」でも放送された、福井県の民話「飯降山」は同じ3人組でも、人間の恐ろしさを徹底的に抉り出す、この話とは全く対照的な話です。
(3人の尼が修行していたら、空から飯が降ってきたが、やがてこの飯を独占したいと思うようになった1人の尼がもう2人を谷に突き落として殺してしまう)

そもそも列車は停車しない(利用者がいないから)と書かれているので、どうやって水や食料を得ているのか、銀行振り込みなどない時代にどうやって給料を得ているのか、改めて読むと謎だらけです。いや、銀行振り込みがあったとしても、引きだせる銀行もATMもありません。
駅単体の売上がないのに、3人の給料を出すなんて、駅を維持するために金がかかるから、と駅を無人化するばかりか、次々に駅を廃止しているJR北海道のことを思うと、何と贅沢なことか!

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三人は週に一度お休みをとりました―――それは東ゆきの汽車も、西ゆきの汽車もとまってしまう日曜日でした。ところが、せっかくお休みをとっても、なんにもすることがないのです。いくところはどこにもありません。



することのない平日も、結局日曜と同じだと思いますが…。
ていうか、よく考えるとこれも設定に無理がありますね。なぜ隣の駅から1,000マイル以上離れていて、恐らく両サイドに20時間以上はかかるのに、日曜日に全く列車が来ない、というようなことがあり得るのか?さばく駅で日曜日にかからないように列車を運行するなどという考慮があり得るのか?日曜日の列車の運行を止めるなら、両サイドにあると見られる後々の話で登場する都会を基準にするはずで、そこを土曜に出た列車は、どうしても「さばく駅」では日曜日に掛かってしまうはずなのですが…。

で、どうやって給料が支払われているのか休暇願をどう出すのかもよく分からない読者の謎を残したまま、「一週間分の休みをとるだけの貯金ができた」といって、まずジョーンズさんが東行きの汽車に乗ります。

駅だけでもひとつの町くらいの大きさがあるのさ。駅には店もあれば、劇場もある。ホテルも、レストランも、みんな駅のなかにあるんだよ。



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元祖駅ナカです!欧米ではもともと、日本ほどには駅と一体化した商業施設を作るという発想がなく、「駅ビル」は特に日本で発達したものであり、まして「駅ナカ」というのはまだまだこれからで、エイキンがこの話を書いた当時は、こういうことを書くこと自体がとても斬新だったのかもしれません。いろいろツッコミどころ満載ですが、逆に言えば発想が柔軟で細かい部分にとらわれないところが彼女の作品の魅力なのかもしれません。

スミスさんは逆に西の方向に出掛けて、海の広さに驚嘆して帰ってきます。

終点に近くなって、汽車はとても高い山脈を通りぬけた。あんまり山が高いものだから、汽車がお月さまをこすっちまうのじゃないかと思うほどだったよ。山には針みたいにとがった葉のマツの木がはえていて、塩をふりかけたみたいに雪がつもっていた。それから記者は下りにかかった。ブレーキがきかないんじゃないかと思うほど急な坂を下ってね。断崖のそばも通ったよ。とうとう汽車は海に出た。そこが終点だったのさ。海はこのさばくよりもずっと大きいんだよ。



ここは案外普通です。山が高くて汽車がお月さまをこすりそう、という感覚的な表現が生きています。

……残るブラウンさんがどこで何を見つけてきたか、この話を覚えていらっしゃる方はいますでしょうか?そうでない方はぜひこの本をご覧下さい。

設定が歪んでいるようで、大人の目で見ると一体どうなのか?と思うこともある話ではありましたが、多分、これを教科書で読んだ時にはそんなことは考えていなかったと思うのです。
年を取って、無駄な知恵ばかり増えたのか、違う楽しみ方ができるようになったのか、どちらなんでしょう?

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