青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
引き続き山科です。

↓京22か569 A-1221 1972(昭和47)年式MR470

京22か569②

山科駅を出発します。

京22か569①

↓前面幕を拡大しました。

京22か569 前面方向幕

前回の2398号車も同じ内容を表示しているのだと思います。小型幕時代にこんな側面幕みたいな込み入ったことを書かれても、高齢者はもちろん若くても見るのに苦労しそうです。

↓京22か570 A-1222 1972(昭和47)年式MR470

京22か570

側面広告の「さくら」は堅田のACTの前に存在したダイエー堅田店の更に前にあった「観光デパートさくら」「さくらスーパー」のことではないかと思われます。

↓京22か723 C-1241 1973(昭和48)年式MR470

京22か723

競艇場-三条京阪間の無料送迎バスとしての運用です。今、立ち飲み屋さんなどがある辺りは、「純喫茶 黒鷲」だったですね。カッコいいなあ、今あったらちょっと入ってみたい気がします。ネットで見ると、大津のこの店のことは出て来なくて、寺町京極の同じ名前の店のことがちらちら出てきますが、本店・支店みたいな間柄でしょうか。

↓上と同じ車、伝統の「市内半日コース」です。

京22か723

京22か723②

側面広告はさすが定期観光バス。八ッ橋の「聖」です。

↓京22か757 B-1199 1971(昭和46)年式MR470 

京22か757

側面広告の「渡辺病院」の流れを汲んでいるらしい病院は今も醍醐にあるようです。

京22か757②

↓上2枚と同じ車両ですが、恐らく四条通か七条通と思われます。京阪電車がまだ今の川端通りを地上で走っていた時代です。

京22か757③

後ろの山との距離を考えると、西向きではなく東向きに撮影されているのだろうと思います。詳しい方お知らせ下さい。

B車が本当に定期観光バスとして運用されていたのですね。

↓京22か775 A-1254 1973(昭和48)年式MR470 

京22か775

競艇場無料送迎バスです。山科の車は主に京都方面に使われていたのかと思っていましたが、このバスは大津駅発着便として使用されています。

側面広告は「イノダコーヒ」。京都でこの独特な字体の広告を見たことのない方はいないことでしょう。40年以上経った今もこの字体は変わっていません。イノダコーヒーと普段言っていますが、公式サイトなどを確認しても、正式には「イノダコーヒ」のようです。

山科(京都)営業所は大所帯なので写真が多数あります。暫く続けます。
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コメント
この記事へのコメント
懐かしいです
いつも楽しく見ています。昔の山科駅前のバス乗り場あのゴチャゴチャした感じ懐かしく思い出されます。さて山科営業所、大津管内10月1日ダイヤ改定が実施され山科駅から府県またがりの大津京行きが年に一回の運行になりビックリしました。
2017/09/23(土) 20:56:01 | 京阪バスが大好き | #mQop/nM.[ 編集]
Re: 懐かしいです
京阪バスが大好き様、いつも見て下さっているとのこと、ありがとうございます。

西大津バイパス線は、そうですね。ピーク時どのくらいの本数がありましたでしょうかね。昭和60年代の時点では1日9往復程度はあったようです。今年の10月1日は日曜なので、土日祝日以外はなかなか休めないという方にとっては、貴重な乗車チャンスです。
2017/09/24(日) 07:39:57 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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