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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
山科は大所帯です。大阪の写真もあるのですが、もう暫く山科が続きます。

↓京22か1689 B-1381 1977(昭和52)年式MR470

京22か1689②

背景の建物に「純喫茶エリカ」と書いてあるように見えるのですが、ネットで検索しても、東京の同名の店しかヒットしません。東山三条かと思いかけましたが、京津線や市電のレールがありません。
行き先表示は「市内半日コース」なので、定期観光バスとして使用されているのでしょう。

↓上の写真は定期観光バス運用でしたが、こちらは路線バスです。山科駅前です。

京22か1689

思えばこの発着の仕方もすごいですね。私は昔の山科駅を全く知らないのですが、降車は別の場所でしていたのでしょうか。そのあと誘導員の誘導でバックして乗場につける、ということでしょうか。今、全国探して駅前など大規模なターミナルでこのような発着の仕方をしているところはあるでしょうか。

上屋はありますが、これだとバスに乗る時に雨にぬれそうです。後ろドアだからましですが、今はほとんど全ての車両が中扉なのでこれでは対応できないですね。

↓同じ車両のカラー写真です。

京22か1689

↓京22か1896 A-1390 1977(昭和52)年式MR470

京22か1896

前幕なのに側面幕のような26号経路は以前も取り上げました。

京22か1953 B-1406 1978(昭和53)年式MP117Mの写真は何と6枚もありました。

↓こちらは京都駅前。恐らく京都比叡山線として、比叡山から戻ってきたところと思われます。

京22か1953①

↓同じく比叡山線ですが、経路番号の7が表記されています。三条京阪で降車扱いを終えた後ではなかろうかと思われます。比叡山線用のマークを付けています。

京22か1953④

↓こちらは三条京阪の、現在の三条案内所前と思われます。

京22か1953②

↓こちらも同じマークを付けていますが、なぜか「京阪」幕です。

京22か1953③

思えば、京阪バスには伝統的に「貸切」という幕がありません。(「千寿の郷」や「大津市立やまびこ総合支援センター」といった例外はありますが、それでも単に「貸切」とだけ書かれた幕はありません)

↓こちらは京都比叡山線として、京都駅に着いたところと思われるカラー写真です。

京22か1953②

↓極め付き?は比叡平団地行き表示です。

京22か1953

比叡山線ではないためか、マークは裏返されています。いや、つけられていないのでしょうか。

京都比叡平線が一般路線化されたのは、拙ブログでも書いております通りそれほど古いことではなく、1982(昭和57)年11月7日で、今年35周年です。従って、それ以降に撮影されたものですが、既に経路番号は現在と同じ56になっています。

いつの間にか、気付いた時には「比叡平団地」が「比叡平」になっていましたが、後で1998(平成10)年3月21日に改称されたものと分かりました。
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コメント
この記事へのコメント
一枚目の定期観光バスについて
いつも楽しく見ています。さて一枚目の写真の場所ですが、左上にある転回禁止の標識近くに七条御前の標識が薄く写っているので七条御前ではないでしょうか?
2017/12/24(日) 15:27:01 | 京阪バスが大好きな滋賀県人 | #-[ 編集]
Re: 一枚目の定期観光バスについて
京阪バスが大好きな滋賀県人 様、いつも見て下さっているとのこと、ありがとうございます。
私も改めて調べた結果、恐らく七条河原町の北東角から南方向を見ている場面だろうと思われました。

交差点名が不鮮明なのですが、五文字だろうということ、また「七条」と書かれていそうなことは何となく分かったので、七条で五文字の交差点、かつバスが通って右折しそうなところということで考えました。

御前通は他の通りと違い、「丸太町御前通」というふうに、バス停名に「通」の文字まで含むことが多く、四条は交差点名も「御前通四条」です。従って、現在の交差点名は「七条御前」ですが、この当時は「七条御前通」と表記していたという可能性はあります。また、御前通の四条以南は現在は欠番になっている市バス7系統が走っていた時代があり、バスが走ろうと思えば走れる通りではあります。
しかし、このバスが御前通から出てきているのだとすると少々道が広すぎるのです。また、御前通の七条より南から「市内半日」コースが立ち寄って不思議でないこれという観光地がなく、北だとすると左折して京都駅に向かうのが自然なのに、なぜ避けるように西の方向に右折してしまうのか分かりません。
これから御前通に入るのであって、走行している通りは七条だというのも、疑問が残ります。もし京都駅を出て金閣寺や竜安寺など、市内北西部方面の観光地に向かうなら西大路を走行するのが自然です。逆に西方向から走ってきて右折、つまり御前を南に向かうというのも不自然です。

七条西洞院(にしのとういん)も確認したのですが雰囲気が違いますし、やはりわざわざ走行する通りとは考えにくく、河原町と考えるのが自然だろうと思いました。右手に写っている建物とそっくりな建物が今も七条河原町交差点の南西角にあり、窓こそアルミサッシに取り換えられているものの、形がほぼ間違いないと思われます。
七条河原町を南から走って右折するということなら、京都駅を出て、三十三間堂、清水寺などに向かうルートとして自然です。

でも諦めていたのに、私が気付いていなかった交差点名の表記に気付いて下さってありがとうございました。「七条御前通」から五文字だろうと考え、その条件にあてはまるところをGoogleマップで確認することで、今回の発見に至りました。
またいろいろ教えて頂けると助かります。ありがとうございました。
2017/12/25(月) 23:16:16 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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