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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
山科営業所の車両写真も13回目、今日を含めてあと3回残すのみとなりました。

↓京22か3248 C-1584 1983(昭和58)年式K-MP518N

京22か3248②

「市内嵐山一日コース」と書かれていて、祇園、八坂神社をバックに西に向かっています。正直、京都の東の端で「嵐山」と書かれていると「渋滞に巻き込まれないかな?」「僕なら洛東から洛西に横断するようなプランは組まないな」と思ってしまいますが、現在も「京都一日~嵐山・金閣寺・清水寺・三十三間堂~」というこれに相当するらしいコースがあります。
この当時はこのまま四条通を突っ切っていたのかもしれませんが、今はさすがに無理でしょうね。紅葉の時期なんて、ちゃんと時間通りに行けるかやきもきドキドキでしょうけれど、長年のノウハウでできるだけ渋滞に巻き込まれないルート、時間帯を考え、乗客を退屈させたり、イライラ落ち着かない気分にさせたりしないよう考えられているのでしょう。

↓同じバスが京都駅前を西に向かっています。



京22か3248

観光バスもこの辺りまで来ると、だいぶ新しくなった感じがして、今走っていたとしてもそれほどおかしい感じがしません。だいぶシャープになりましたね。
現在はこの「二条城嵐山コース」に当たると思われるコースはありません。

京22か3258 A-1576 1983(昭和58)年式MP117M この車は4枚も写真がありました。

↓三条京阪にて。三条通、外環状線経由で遠く六地蔵に向かういわゆる「三六線」です。

京22か3258

↓山科駅で、上のA-1531の写真と同じく、26号経路です。

京22か3258②

↓小栗栖団地行きは23号経路でした。経由地表記のないシンプルな前面幕です。

京22か3258③

↓1枚目の写真と同じかと思いましたが、側面広告が「イノダコーヒ」なので、別の時に撮影されたのだと分かります。

京22か3258④

↓京22か3259 A-1577 1983(昭和58)年式MP117M

京22か3259

京阪六地蔵のロータリーと思われます。
側面広告のパンダをどこかで見た気がするな、と思ったら、音羽歯科は今も外環状線沿い、西友向かい辺りのマンションの中にあり、このパンダの広告は今はどうかわかりませんが、最近まで車内広告にあったような気がします。


↓京22か3260 A-1578 1983(昭和58)年式MP117M

京22か3260

52という番号を見ると、反射的に「南郷中学校」と思ってしまいますが、樟葉中書島線でした。末期には枚方営業所の管轄だったと思いますが、何と山科の車がくずはまで進出です。

でももっとすごいのがこれ↓

京22か3260

これは本シリーズ中でも最上級と言っていい非常に不思議な写真です。どうして山科営業所の車なのにくずはの駅前で藤阪ハイツ行きの表示を出しているのでしょう?ナンバープレートが京都ナンバーであるところを見ると、幕を入れ替えて貸し出されていたのでしょうか?
上の、樟葉中書島線の写真も、別にこの当時は山科管轄だったということではなく、貸し出されていたということでしょうか?今なら滋賀ナンバーのまま大阪を走ったり、その逆と同じくらいの衝撃です。表示がLEDなので、プログラム容量を考えると幕の時より貸し出しは容易かも知れません。

↓京22か3305 B-1588 1983(昭和58)年式MP518M

京22か3305

窓を見るだけでB車だと分かりますね。これだけで豪華な感じがします。オレンジ色のハイバックシートも窓越しに見えます。
A車のブルーに対して、ワインレッドのシートの車両もあった気がしますが、それはもう1世代前かな…?
エアコンのシステムもA車とは違っていて、エンジン音はブルドッグのそれなのに、ギアチェンジや速度変化による音の上下に関係なく、常にガガガガ……と言い続けていたのを覚えています。
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