青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
山科営業所の車両写真12回目です。

↓京22か2825 A-1529 1981(昭和56)年式MP118M 山科駅で25号経路として客扱い中です。

京22か2825②
↓同じ車両の三条京阪での写真もありました。13号経路の小栗栖団地行き、12号経路と類似した系統で、やはり三条通経由ですが、山科駅には入りませんでした。

京22か2825

↓京22か2826 A-1530 1981(昭和56)年式MP118M 

京22か2826

他の写真と違って、後ろの案内所がよく見えるアングルです。側面広告の「洛東食糧」は今もあります。

↓京22か2827 A-1531 1981(昭和56)年式MP118M 

京22か2827

現在は26号経路というと山科駅と、営業所最寄の大宅とを往復する比較的短距離のシンプルな路線ですが、この時はまだ循環系統でした。

↓京22か2828 A-1532 1981(昭和56)年式MP118M 三条京阪と山科駅でそれぞれ撮影されています。

京22か2828

京22か2828②

↓京22か3190 A-1566 1982(昭和57)年式MP118M 

京22か3190

いわゆる「ブルドッグ」の中で、大津では少数派だった気がしますが、一部にこのようにフロントの左が斜めにカットされ、コックが右側1つしかないというタイプがありました。エアロミディMKもこのようなデザインでしたし、後のエアロスターKのデザインにも通じますが、見た目の問題でなく、実は横断歩道などで自転車や歩行者を巻き込みやすい左前方の死角を少しでも減らして確認をしやすくするようにという意味があったのだということを知ったのはずいぶん後でした。

↓同じ車両です。

京22か3190②

高山彦九郎の石碑が見えるので、三条京阪だろうと思うのですが、どこからどのようなアングルで撮影されたのかよく分かりません。今、石碑がこのように見えるように撮影しようと思うと、三条通を挟んで向かいのブックオフ辺りから撮影する形になると思いますが、そんな所にバスを止めておくことは考えにくいので、石碑の位置自体がこの当時は今と違っていたのだろうかと思われます。ただ、ネットで調べてもそうしたことは分かりません。

↓京22か3191 A-1567 1982(昭和57)年式MP118M

京22か3191

三条案内所です。ここに停まるのはB車が多い気がしますし、実際あまりAタイプ車両がここに停まっている写真は残っていません。

↓京22か3256 A-1569 1983(昭和58)年式MP117M

京22か3256

四条烏丸から四条大宮に向かうところです。背景の、近畿日本ツーリストが入っているビルだけが現在もあって、あとはもうありません。今は近畿日本ツーリストの位置にファミリーマートが入っています。

関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/820-9cbdd947
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック