青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
↓今からちょうど60年前の今日、1956(昭和31)年7月22日付読売新聞滋賀版の記事。

S31.7.22Y 外畑キャンプ場にバンガロー付プールb

外畑にキャンプ場?そんなものあったかな、と思って今ネットで調べても、もう何もヒットしません。昭和31年ですから、天ケ瀬ダム工事で水没する前の外畑のことで、今の外畑しか分からない私たちの世代ではどうにもこうにもイメージが湧きません。
年配の方なら、何か覚えていらっしゃるのでしょうか?

高校生の修学旅行には物足らない気がしますし、中学生の修学旅行も隣の京都市で、今だったら何で隣町に!と大ブーイングでしょうが、まあ当時はこんな感じなのでしょう。
丸いプールだったようですね。直径20mに200人? 円周率×半径の二乗で、面積は約1,256㎥、一人当たり換算6.28㎥、つまりほぼ2坪。1坪はだいたい畳2帖ですから、畳4帖分に1人と考えると、広いとは思えません。深さも現在の小学校の標準的なプールより浅くて、本当にお遊びでちゃぽちゃぽという感じだったのではないでしょうか。

宇治川汽船と読売新聞共催のキャンプ場にプールを作った、ということで、キャンプ場はもっと前からあるんですね。

↓このパンフレットは、匿名希望さんから見せて頂いたのですが、上の新聞とほぼ同じ時期に発行されたのだろうと思われます。

IMG_9902.jpg

というのも、「お子達のやわた水泳場」の項に、「水泳場の背後にある男山にはケーブルカーが開通して、」ということばがあることから、男山ケーブルが戦後再開通した1955(昭和30)年12月3日以降の夏であるということが分かるからです。
それにしても「★大海亀 3匹放し飼い」て…。今なら大問題ですね。本当に海亀だったのかな?

↓こちらは戦前のものと思われるパンフレット。

IMG_9899.jpg

外畑は、「頗(すこぶ)る景勝の地にして、山間の別天地をなす」とベタ褒めです。更には、「名物川魚料理をなす料亭あり、昼食會席には便利である」「料亭」!?外畑に料亭!考えられますか?

「大津百町写真展」の催しが数年前に何回か続き、興味深かった半面、郊外はほとんど度外視されていて、石山で育った私はもどかしくてイライラすることも。もちろん、「百町写真展」は百町の範囲の写真展だから仕方ないですし、南郷や大石なんて、今よりはるかに人口が少ないから、きっと写真展をしたくてもあまり展示する写真が集まらないのかな、という気はします。

でも、郊外には郊外のそれなりの歴史があります。そういうことを掘り下げるのも、この小さなブログの仕事かな、と思ったりするのです。
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コメント
この記事へのコメント
外畑が…!
ネットでは拾えない貴重な資料を調べて公開してくださり、今回も楽しく興味深く拝見しています!

外畑がかつて行楽地(言い方良いかわかりませんが…)だったというのは、私も20年以上前とはいえ外畑の状況を知るものとしてびっくりしました。料亭にプール…確かにうち(名古屋)の近くでいえば岐阜や犬山あたりの感じなのかなあとは思うのですが。

京阪沿線(?)の行楽地一覧の各項目に「シーソー」がわざわざ記載されてるのが、やはり当時は目を引くものだったのかなあと気になってしまいました。
2016/07/25(月) 03:05:31 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: 外畑が…!
> ネットでは拾えない貴重な資料を調べて公開してくださり、今回も楽しく興味深く拝見しています!

私がこのブログを始めようと思った最も根本的な理由に関わるコメントをありがとうございます。

この分野をやっているひとの多くは車体そのものを専門にしていることが多いのですが、私は、乗客不在では車両も当然存在し得ないと考えており、あくまでも利用者、沿線住民としてダイヤや路線の利便性が最も重要であり、そこに最大の関心を持っています。

なので、インターネットでお手軽に検索できるような最新の車両写真などだけでは満足ができなくなり、古い新聞やパンフレットを使って、この地域と、この地域を取り巻く交通網がどのように発達していったのかを少しでも明らかにしたいと考えるようになりました。
外畑のこの記事も、この地域がもともと持っていた地域性を知る上で、貴重な資料だろうと思われます。


> 外畑がかつて行楽地(言い方良いかわかりませんが…)だったというのは、私も20年以上前とはいえ外畑の状況を知るものとしてびっくりしました。料亭にプール…確かにうち(名古屋)の近くでいえば岐阜や犬山あたりの感じなのかなあとは思うのですが。

ああ、そうかもしれないですね。そもそも南郷自体行楽地と認識されていて、今のような住宅地のイメージは新しくできたものです。


> 京阪沿線(?)の行楽地一覧の各項目に「シーソー」がわざわざ記載されてるのが、やはり当時は目を引くものだったのかなあと気になってしまいました。

どこに書いてあるのかと思ったら、外畑とは別に南郷にもキャンプ場があり、そこに書かれているのですね。南郷のキャンプ場だなんて、今の南郷公園あたりか、立木山の石段ではない方の山道の入口か…一体どこのことなんでしょうか。。

2016/07/25(月) 21:18:22 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
お久しぶりです。
おとぎ電車は聞いた事があるのですが、外畑のキャンプ場、プールは聞いた事ありませんでした。
戦後の大変な状態から、やっと落ち着き余裕が出来てきたころですね。
このあと、市内のあちこちにレジャーセンターができますね。

近場でも知らないことがいっぱいあります。
2016/10/12(水) 21:49:10 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: タイトルなし
こちらこそお久しぶりです。

> おとぎ電車は聞いた事があるのですが、外畑のキャンプ場、プールは聞いた事ありませんでした。

おとぎ電車はそれなりに資料がたくさんありますが、外畑のキャンプ場やプールは確かになかなかこれといったものがありません。

> 戦後の大変な状態から、やっと落ち着き余裕が出来てきたころですね。

39年くらいになると余裕が出てきたのかな、と思えますが、31年というと私はまだまだに見えます。まあ、もちろん生まれてもいないし、そのひとの感覚がありますから何ともですね。

2016/10/13(木) 00:21:17 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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