青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
上手 かみて
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺建藤(たてふじ)
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日?
付近:建藤神社
キロ程:禅定寺から0.2キロ(石山駅から16.9キロ)




禅定寺の集落のバス停の1つです。小字かと思っていましたが、そうではないようで、恐らく集落の中で山手の方を「上手」、坂の下の方を「下手」と呼び習わしていたことに由来するのだろうと思います。
「上手」と「下手」で、「じょうず」と「へた」と読みたくなってしまいますが、「かみて」「しもて」です。

1979(昭和54)年1月1日現在の路線図では、「上出」「下出」と書かれており、単にミスプリかな、とあまり深く気に留めておりませんでしたが、1973(昭和48)年現在の路線図でも同様に書かれていて、更に、京阪宇治交通社史『地域とともに60年』(1983)の年表に、

「昭和40年6月28日 石山線停留所名称変更:下出、上出、立木観音、南郷洗堰、滋賀大前」

との記述があり、これほど多数の文献に誤記があるとは考えにくいので、何かのタイミングで変更になったのだろうと思われます。

因みに、1979(昭和54)年4月1日現在の路線図では、現在と同じ「上手」「下手」という名称になっているので、ひょっとするとこの時に変更になったのか、と思っています。
ただ、『地域とともに60年』にはそのような記載はありません。また、昭和40年に「下出」「上出」停留所名が変更になっていたのだろうと考えられますが、それならその前が何だったのかというのはよく分かりません。

1979(昭和54)年版の住宅地図以降の確認できる限りの住宅地図を見ましたが、場所は変わっていない様子です。維中前・宇治方面にしかポールがありません。

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↓のどかな集落ですが、石山線開通の約1年前、1961(昭和36)年11月21日付京都新聞山城版にはこんな記事

S36.11.21KY 岩山に検問所設置b

6月18日付拙稿大石中 【宇交石山線22】でも取り上げた、警部補殉職事件など、凶悪犯罪の容疑者の逃走ルートとして有名になったため、禅定寺、岩山付近に常設の検問所を置こう、という内容です。

確かにこの当時は京滋バイパスはもちろん影も形もありませんし、名神高速道路も開通直前、逢坂峠を越える国道1号線以南で車を使ってまともに京都に抜けられるルートというと、ここしかありません。国道1号線以北の山中越えも裏道と言えば裏道ですが、湖東方面の米産地から走ってきて入ろうとすると大津市街を通らざるを得ず人目に付きやすく、またかなり険しい道のりなので、それを避けるには確かに禅定寺峠がうってつけです。
今でも、市街地の渋滞を避け、高速料金を節約して滋賀―奈良・北河内方面を行き来するトラックがしょっちゅう通ります。

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↓「禅定寺」の項でも書きましたが、99系統(維中前―猿丸神社)の臨時便が走ると、石山線があった当時を彷彿とさせます。

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次は、下手
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コメント
この記事へのコメント
続々・禅定寺峠越えの車内から
たまに乗車するときに気付いたことを最後に1点。

小田原から維中は、件のおばあさん以外、他のお客さんと一緒になることはほとんどなかったのですが、維中方面→上手下車は1人か2人乗られる方をちらほらと見かけました。

上の例を除いて利用する人を見かけることが皆無に近い(というか上手の下車以外見かけたことがない)ので、(人のこと言えませんが)マイナーな需要があるんだなぁと、興味深かったです。
2013/07/22(月) 21:37:58 | じゅうしまつ | #-[ 編集]
Re: 続々・禅定寺峠越えの車内から
じゅうしまつ様、興味深いお話をありがとうございます。

> 小田原から維中は、件のおばあさん以外、他のお客さんと一緒になることはほとんどなかったのですが、維中方面→上手下車は1人か2人乗られる方をちらほらと見かけました。

今その方は、コミュニティバスに乗られているのでしょうか?

収支係数なんて恐ろしくて聞けないですね。

モータリゼーションの進行はもちろん、県境の位置(県境を境に生活圏、特に高校生の通学圏がきっちり分かれてしまう)、もともと決して高くない人口密度が更に減少気味なこと、また、本当の町の中心と言うわけではない維中前発着でそれ以遠からの連絡乗車券もないことなど、路線を長らえさせない要素が多かったのだろうと思われます。
2013/07/22(月) 23:24:41 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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