青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
最近、英語の先生に、
「『現在完了形』じゃ、ネイティブの感覚だと今はもう走っていないように受け取られるよ」
と言われました。

ああ、そう言われてみたら…
①“I've studied Japanese for 3 years." (現在完了形)
②“I've been studying Japanese for 3 years." (現在完了進行形)

どちらも日本語では、
「私は日本語を3年間勉強し続けています」(もちろん、もっと訳し分けることもできますが…)
ですが、②はこれからもまだ勉強するという印象を与えるのに対して、①はとりあえず一区切りついて、終わった、という印象を与えるんでしたね。そんな基本的なことをすっかり忘れていました。終わってしまった、では縁起が悪いし、どうしようかな…。何かの機会に、タイトルを見直すか何か考えてみます。

さて、本題です。
「硅灰岩」とその上の「多宝塔」↓

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この多宝塔は、建築年代が分かっているものとしては日本最古、鎌倉時代、源頼朝の寄進により建てられたと言われており、国宝に指定されています↓

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昭和20年代には80銭切手、4円切手の図案となっています。

石山寺は「枕草子」「更級日記」など、数々の文学作品に登場しますが、何といっても有名なのは、「源氏物語」でしょう。
平安貴族たちの間では「石山詣で」が大流行しており、これを背景に、「源氏物語」の中でもたびたび石山寺が登場するということです。また、あくまでも伝承であって歴史的事実であると確定させる客観的証拠はないようですが、紫式部がここに7日間参籠し「源氏物語」の着想を得たと言われています。

↓本堂の脇に「源氏の間」と呼ばれる部屋があり、今も紫式部が源氏物語を書き続けています(?)。

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3月16日付拙稿熊野神社前【京都比叡平線開通30周年記念特集21-1】で取り上げた三島由紀夫の『絹と明察』では、何とこの部屋をはじめ、石山寺が登場し、詳しく書かれています。

源氏物語が書かれたという伝説のその部屋は、廊下より一段低い陰気な小部屋で、明りを取るには華頭窓(かとうまど)が一つあるきりである。こんな労働条件のひどさに弘子はがっかりして、
「よくこんな暗い部屋で小説が書けたもんだわね」
と呟いた。
 それがいかにも座敷牢を思わせるところから、もし伝説が真実で、ここであの長い物語が書かれたことが本当なら、紫式部は狂気だったのではないかと大槻は想像した。そこで彼女をこんなところに閉じ込めておく必要があり、それに恰好な参籠の口実を与えることもできたのだ。(三島由紀夫「第九章 駒沢善次郎の対話」『絹と明察』P272-273 新潮社 1964)



…伝承でも参籠は7日間で、「着想を得た」とされているだけなので、あの気が遠くなるような長い物語を全て書いたということではなく、大槻と弘子の2人は少々誤解しているのですが、こういう感想もあるんですね(笑)。「座敷牢」はひどいなあ…。それならどんな部屋だったらよかったのでしょう。

因みに「華頭窓」は「花灯窓」とも書き、こういう釣鐘のような、花のような形をした、寺院によくある窓です。

2人は更に歩き、月見亭に至ります。

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ここは天皇の玉座とされ、一般人は立ち入れません。

さまざまな陰気な見世物を巡ったのち、崖にかかる月見亭へ来た時に、二人は戸障子一つないその簡素な東屋から、見はるかす広大な眺めを喜んだ。この帝王の月見の場所は、のびやかな展望を遮るものとてなく、大槻は妻の肩に手をかけて、瀬田川の彼方、秋らしい雲のたたずまいを映す琵琶湖のあちこちを指差して地名を教えた。
(中略)
 空は清く澄み、比良、比叡の峯々もさだかに見えた。
「こんなところに家を建てたらすばらしいだろうな」
と大槻は言った。
(三島由紀夫「第九章 駒沢善次郎の対話」『絹と明察』P273 新潮社 1964)



先ほどと打って変わって、高い評価、「こんなところに家を建てたらすばらしい」とは、石山の住人として光栄なことばです。三島由紀夫自身も同じように感じたのでしょうか。

↓川を挟んでほぼ真向かい、瀬田の眺め。

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秋に撮影したので、瀬田丘陵の紅葉が美しいです。こちらは北の方向。比良山をバックに瀬田川が悠然と流れます↓

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歩き疲れたらここ、2012(平成24)年2月19日放送のテレビ朝日系「シルシルミシルさんデー」はじめ、数多くのメディアで取り上げられた「茶丈藤村(さじょうとうそん)」。何か見たことのある景色だな、と思いながら見ていたら、ここだったのでびっくりしました。面白い女性社長はすっかり有名人で、今でもネットで検索すると多数ヒットします。

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近くに住んでいると意外と行く機会がない…。遠方の客人を案内した時に、初めて訪れました。

店名は石山寺に縁が深い島崎藤村に由来し、いつの間にかできていた、という印象ですが、もう開店から18年経つそうです。

↓暑い時だったので、私は白玉団子。こういう餅や団子が好きなんです。

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↓テレビで取り上げられて一時は入手困難だった「たばしる」をお土産に。

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店の方に聞くと、私が行ったときにはやっとブームが落ち着いた頃だったようです。
「たばしる」という動詞が和菓子の名前になるのは奇妙な感じですが、これは芭蕉の

石山の石にたばしる霰(あられ)かな

という句に由来し、あられの雰囲気を食感で伝えるクルミと小豆が不思議なマッチング。粒あんが好きな私には、粒そのものが楽しめる理想のお菓子です。

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食べ歩きの旅みたいになってしまいました…(汗

次は大浜(南郷・大石方面)/南郷洗堰(宇治川ライン線)
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