青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
本ブログをよくお読み頂いている方なら、恐らく皆様ご存知の通り、来る4月1日、京阪宇治バスと京阪シティバスが合併し、社名が「京都京阪バス」になります。

今回から、これらの2社に別れを惜しんで、断続的に数回特集を組みたいと思いますので、宜しければおつきあい下さい。

存続会社は京阪宇治バスなので、宇治バスについては会社がなくなるわけではありませんが、「宇治」の名前がなくなることが残念な限りです。
この点、「京阪宇治交通株式会社」の法人格がなくなっても、「京阪宇治交サービス」「京阪宇治バス」として社名に「宇治」の文字が残った10数年前の複雑な離合集散の時とは決定的に違います。

↓準備真っ最中らしい新社屋

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ただでさえ消費税増税の準備があるのに、会社の合併まで重なって、決算、登記、陸運局関係の手続き、バス停、アナウンス、運賃表や路線図の準備と引っ越しと、事務系社員も上を下への大騒ぎなのではないでしょうか。

↓京阪淀駅で

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…このネーミング、何とかならなかったのでしょうか。
「『京阪京都交通』と紛らわしい」
「『京阪』の『京』は既に『京都』を表しているのに、そこにまた『京都』を重ねるのはくどい」
などの意見はなかったのでしょうか。田辺や城陽の住民が、「宇治じゃないのに宇治バス」と不満を言っていたというようなことも聞いたことがないので、「宇治バス」で良かったのではと思います。
京阪宇治バスは、石山、南郷方面に乗り入れていて何度も利用したため、京阪バスに次いでなじみのあるバス会社で、何なら「京阪宇治バス」という呼称さえ違和感があって、私の中ではまだ「京阪宇治交通」です。

しかし、京阪グループの役員どころか、社員でも株主でもない私がブツブツ不満を言ってももうごまめの歯ぎしり。

別れを惜しんで、今回から断続的に数回、読者の方から頂戴した懐かしい写真や、私が僅かばかり撮りためていた写真をUPさせて頂きます。

第1回目の今回と次回は、主に宇治車庫を取り上げます。
会社合併とともに衝撃的なのは、宇治営業所・宇治車庫の移転です。

バス停としての宇治車庫については、宇治車庫【宇交石山線53】/京阪宇治交通石山線廃止5年でも書かせて頂いておりますので、ご興味がおありの方はそちらもご覧下さい。

↓「宇治車庫」の行き先表示も間もなく見納め、営業所前での降車扱いも間もなく終了です。

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中書島からのロングランももうお終いです。

↓営業所は定期券販売の関係で、4月10日まではここで業務を行うようです。

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サッシこそ一部取り換えられていますが、古い写真と比べてもほとんど雰囲気が変わっていません。

↓…何か1台変なのが交じっています(笑)。

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しかし、京阪バスの宇治川ライン線(10号経路)があった時には、こんな光景もありました↓

滋22か628

2011(平成23)年3月21日付拙稿1977(昭和52)年3月21日 宇治川ライン線開通でUPさせて頂いたT.F.様の写真です。
10号経路を運転した場合は、京阪バスの社員もここで休憩をしていたようです。

同じ頃、或いはそれ以前の宇治車庫と思われる写真を、T.F.様が多数撮影されていましたので、そちらも紹介させて頂きます。周囲の景色等から、宇治車庫での撮影と判断しておりますが、万一間違いがありましたらご教示頂けると幸甚です。

モノクロとカラーで同じ車両です。ツーマン専用であることにお気づき頂けるかと思います。

↓「国鉄石山」の行き先表示がいいですね。左に写っている34系統のバスのように、経路番号が中央に来るタイプの表示も多いようですが、これは系統番号と行先を別にしているタイプです。

京22か1399②

86系統はもちろん石山線(宇治車庫-京阪宇治-岩山-大石小学校前-石山駅)です。
こんなところで車掌が乗っても、バス停とバス停の間が長くて、暇なところも多かったでしょうし、採算を合わせるのが大変だったでしょう。

驚いたことにこの時代にして既に、ドア横に車いすのマークが張られています。

↓31系統は今は亡き小倉経由の宇治淀線で、現在の21系統の姉妹路線ともいうべき系統です。

京22か1399

因みにこの路線は狭隘区間があることから、何と1985(昭和60)年までツーマン運転だったということです。30年近く前とはいえ、もはや路線バスはワンマンが当たり前になっている時代で、恐らく全国的にもワンマン化が非常に遅い部類だろうと思われます。もちろん、京阪宇治交通でも最後のツーマン路線です。

↓こちらはツードアですが、更に古いのか、何とナンバープレートが「京22」ではなく、「京2」です。

京2い2056

背後の建物はもちろん、宇治営業所。現在の建物とほとんど何も変わっていません。

宇治車庫の写真のほか、昔の京阪宇治の写真もありますので、それらはまた別途取り上げます。
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