青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
別保 べっぽ
所在地:大津市杉浦町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:若宮八幡神社 京阪瓦ヶ浜駅 膳所焼美術館


「五百羅漢前」から比較的長い距離を走って辿り着くのが、「別保」です。



木ノ下町、西ノ庄などとともに、膳所城下町5ヵ村の1つとされる別保は、中世「粟津別保(あわづのべっぽ)」があったために「別保」と呼ばれるようになったということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』 P623)。ではこの「別保」とは何かというのが分かりません。そこが知りたいのに、何だかこの地名辞典はそういう由来には弱くて、歴史的な事実や地理的な特質についての記述ばかり目立ちます。

仕方ないので辞書を見ると「保」は「荘園」を表す「荘」と共に中世の行政単位だと分かりました。大津市には他にも、大津百町の中に「北保町」「南保町」があります。

「五百羅漢前」と「別保」のほぼ中間地点、どちらからも300-400mの、普通ならバス停を設置するような位置で京阪瓦ヶ浜駅を通過します。

IMG_1229.jpg

駅を目の前にしながら、バス停を作らないなどということはふつう考えにくく、それが親会社の鉄道駅ならなおさらですが、ここには新聞記事や地図を確かめても、バス停はなかったようです。
IMG_1226.jpg

道が狭く踏切もあって、下手にバス停を作ると交通が混乱すると判断されたのでしょうか。しかし、バス停の位置が悪くて交通が混乱した場所は石山駅口、京町通など、古い新聞記事を見ていると他にいくつも出てきます。
尤も、バス停を作ってもわざわざここで乗り換えるような人はほとんどいなかったことでしょう。

なお、「瓦ヶ浜」というバス停は石山駅から三井寺への復路途上に別に存在します。

古くからの商店と住宅が混在する狭い通りは、やはりバスが走っていたことが到底信じられないものです。T字路に突き当たったところが「別保」でした。

別保?石山向2

別保?石山向

別保?石山向3

バスはここで左折していたようです。上の3枚はすべて石山方面を望んでいます。
他の場所もですが、本当によくこんなところにバスを通そうと思いついたものです。

なお、所在地「杉浦町」は、この地の出身である教育者・杉浦重剛(すぎうらじゅうごう)に由来するもので、バス停があったと思われるこの角には「杉浦重剛先生誕生地」という石碑があります↓

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本当にここで生まれた、ということではなく、この奥の旧杉浦家住宅を指し示しているのではなかろうかと思われます。

↓来し方を眺めます。

別保?浜大津向

↓若宮八幡神社の前を通り過ぎ…

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↓宮町踏切を渡ると、

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↓すっかり慣れっこになった屈曲。ただ、やたら広い…

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NIHO(旧玉姫殿)が見えてきたところの屈曲の、ごくふつうのお宅ですが、その前には…。

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↓膳所城勢多口総門跡の石碑。

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割と最近までこのお宅の左手に、勢多口総門の跡が残されていたようですが今はありません。

なお、1964(昭和39)年1月6日現在の路線図には、「宮町」と書かれています。

いわゆる膳所城の城下町はここまで。行政上の旧膳所町と旧石山町の境界線がどの辺りだったのかはよく分かりませんし、石山駅はギリギリ膳所町に含まれていたらしいものの、確かにここまで来ると、そろそろ石山、という感じがしてきます。
膳所の独特な屈曲ともしばらくお別れです。

次は、県病院前です。
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