青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
石場 いしば
所在地:大津市松本二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:京阪石場駅 NHK大津放送局 


有楽座前を出て歩いていくと、「京阪石場駅前」という案内があるので、どこに駅なんかあるのか?おかしな標識だな、と思ったら、奥にちゃんと駅があるのでした。

IMG_1597 (2)

IMG_1576.jpg

京阪電車の石場駅↓
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この付近の旧道沿いに、「石場」バス停がありました。

石場という地名は、中世の頃、石工が多く住んでいたこと、また石が積まれていたから「石場」だと言われています。対岸の矢橋への船が出たり、その船のための常夜灯や、船番所などが設けられていましたが、明治以後埋立てがどんどん進んで、今はその面影はありません(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P95)。

↓ただ、石場というとこの石垣跡(赤い矢印の下)が有名で、ここまで琵琶湖が迫っていたのだと言われていて、実際古い写真では京阪電車は琵琶湖のすぐそばを通っています。

石場湖岸石垣跡

↓京町通と浜通が合流する、踏切の西側、浜大津寄りにバス停があったようです。バスが走っていたのはこちらから見て右手の、浜通りの方のようです。

石場から京町・浜町分岐を望む

IMG_1590.jpg

但し、開通当初の新聞記事では「有楽座」がない代わりに「平野神社」というバス停名が見えるので、当初は旧東海道(左手)を経由していた可能性があります。

↓逆に踏切を西側に渡ったところから、東の膳所、石山方面を望んでいます。

石場?から石山方向を望む

↓ふと足元を見ると、「国有地」を示す標が。

石場踏切 「国有地」3

かつて国鉄の貨物線が通じていた名残だと思われます。石場駅周辺にはこれがたくさんあります。

この石場から、朝、大阪に行くために大津駅方面のバスに乗ろうとしたがバスが来なくて困った、という会社員の投書が載りました。1956(昭和31)年9月27日付滋賀日日新聞より↓

S31.9.27S 困る大津市内バスの時間表(投書)b

この方は、バスの時刻が変わっているのではないか?と言っていますが、恐らくそうではなくて普通に遅れていたのではないかと思います。

前年12月13日付京都新聞滋賀版にはこんな投書も↓

S30.12.13KS のろい大津バス 投稿b

50mバック!私はとてもできません。
出ました、オート三輪!さすが昭和30年です。しかし、そのために5分も停車とは…。いくら小さくてもスクーターのように簡単にはどかすことができないのでしょう。

昭和30年代から40年代にかけては、道路の整備が車の増加に追い付かず、また、日本人はまだ車を使う生活に慣れていないため、「駐車場」というものも不十分で、路上駐車が迷惑という意識も薄いため、道路上に適当に車を止めることはそれほど珍しいことではなかったようで、新聞には時々、迷惑な駐車を憂える記事が掲載されています。

こんな調子では、今より通行量が少ない道であっても、バスが10分や20分遅れるのは当然でしょう。

次は、大津署前です。
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