青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今からかれこれ55年前の昨日、大津地区の京阪バスで、ダイヤ改正が実施されました。
社史にはなぜか全く記載がありませんが、規模はかなりのものだったようで、朝日新聞、読売新聞、滋賀新聞、京都新聞と、私が調べた限り4紙で取り上げられておりました。

各紙で書かれていることを総合すると、

・発車間隔をできるだけ等間隔に
・石山寺-三条の直通を廃止(京阪電車の話ではありません、京阪「バス」です)
・京都駅-和邇(わに)を廃止、大津駅-和邇線、三条-雄琴線を新設
・国鉄石山駅-外畑間を、浜大津まで延長


といった具合で、今となっては考えられないような路線の数々です。
9年後の1964(昭和39)年発行の全国バス路線便覧では、石山寺-京阪三条の路線があることになっているので、後に復活したのかもしれません。
和邇なんて、江若みたいですが、京阪バスの話なんです。この頃は、湖西方面に結構普通に京阪バスが走っていますが、昭和36年に江若鉄道が京阪グループ傘下に入るまでは、赤の他人の会社なので、よく入り込めたものだな、と思います。
因みに、京都今津線の開通は、1962(昭和37)年5月19日です。

一番詳しかったのは朝日新聞滋賀版です(原紙は、広告などの都合で、記事が分割されていたので、ここでは編集してくっつけています)。

S30.10.15 朝日新聞

社史では1958(昭和36)年4月3日「浜大津瀬田線新設認可」と書かれていますが、本ブログを最初からご覧の方は、瀬田系統は少なくとも昭和27年には開通していることをご存知だと思います。浜大津どころか、三条から直通していたことが、この記事で分かります。

次の2つはいずれも滋賀日日新聞(廃刊=京都新聞系の会社で、京都新聞滋賀本社がその流れをくんでいる)の記事で、上が10月15日付、下が10月17日付です。90年代、一時的に走っていた、27号経路 外畑発石山駅、湖岸道路経由浜大津行き(一部新浜発着)が、外畑発着で浜大津まで直通した最初で最後のバスだと思っていたら大間違いで、外畑-浜大津間の路線は、実はかなりの歴史があります。

S30.10.15  滋賀日日新聞

S30.10.17 滋賀日日新聞

以下、読売新聞滋賀版、京都新聞滋賀県民版の順です。

S30.10.15 読売新聞
S30.10.15 京都新聞

なお、各記事にみられる「近江学園」は、この時できた行き先のようですが、「この子らを世の光に」ということばで有名な、糸賀一雄が設立した知的障害児施設、滋賀県立近江学園のことです。位置は、今の「岡の平」です。「新浜」などという行き先ができて、実はまだ30年もたっておらず、長い間、岡の平(近江学園前)が、区間運転の折り返し地点でした。今でこそ宅地開発が南郷バス停周辺から南進してきていますが、つい最近まで、周辺に何もないバス停でした。

それにしても京津国道線の本数の多さに驚かされます。京阪京津線はもちろんあるのに、これだけの本数が走っていたということは、自家用車が普及していなかったこと、国鉄がそれほど便利ではなかったことが背景にあるのでしょう。もちろん、滋賀県内の東海道線は全く電化されていません。

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