青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
中ノ庄 なかのしょう
所在地:大津市中庄一丁目
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:記恩禅寺・蘆花浅水荘庭園 創価学会滋賀文化会館 琵琶湖中央病院 (現在ないもの)紅葉館別荘(晴嵐荘) 東レ鈴声寮
キロ程:本丸町から0.3キロ




このバス停は、住宅地図がほぼ現在のような形になった1983(昭和58)年以降位置が変わっていないようです。

↓石山駅方面

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↓浜大津方面
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ちょうど浜大津行きが来ましたが、逆光で潰れてしまいました…。

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調査をする中で古い住宅地図を見ている時、「蘆花浅水荘庭園」を発見し、
「そんなのあったかな?こんなすごいものがあったのに、きっとマンションになってしまっているんだろうな、もったいない」
と思っていたら、ちゃんと今もありました。浜大津方面のバス停の真後ろなのですが、まあ目立たないこと!↓

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ここは京都画壇を中心に活躍した、山元春挙(1872-1933)が、1917(大正6)年、自分の生まれ故郷である膳所に営んだ別荘です。蘆花浅水荘という名前は、「中国・唐の詩人司空曙の詩の情景が別荘の周囲の情景と似ていることから、その詩の結句『只在らん蘆花浅水の辺』に」因んでいるといいます(大津市教育委員会博物館建設室『大津の庭園』P125 1990)が、マンションとフェンスに囲まれたそれは、パッと見ただけではもはや、松の木が生えたただの空き地のようで、残念な情景です↓

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恐らく、近江富士や膳所城、琵琶湖といった借景によって完成する庭園なので、敢えて築山や石組みなども配さず地味に作っているのでしょう。これが日本庭園と言ってすぐイメージされるような、池があって、木がたくさん植わっていて、というような庭園だと、マンションが視界に入ってしまったとしても、まだ住宅街のオアシス、という感じがしたかもしれません。

バス停から一筋南の細い通りに入ると、記恩禅寺の門があります↓

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↓滋賀県教委と大津市教委の立て看板が無駄にバッティングしています。

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このような文化財は、それ単独でなく、周囲の環境まで含めて保護していかないと、台無しなのだということがこういう事例を見るとよく分かります。しかし、役所ではこの当然のことがなかなか分からないようです。
堅田の「居初(いそめ)氏庭園」(天然図画(ずえ)亭)に行った時も、琵琶湖の向こうに無粋なビルが建ってしまって、ご当主が嘆いていらっしゃり、滋賀県政は環境を守ることには熱心なものの、それが「自然環境」だけで、景観も含んだ全体の環境を守るということにつながっていないと私も感じました。

もう一つ、あの「紅葉館」(ホテル紅葉)の別荘とされる「晴嵐荘」もあったはずなのですが、これは創価学会↓になってしまっています。もはやネットで検索しても何もヒットしません。すっかり忘れられてしまっているのでしょう。

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私もバスの車窓から見ているはずなのですが、どんな建物があったのか全く思い出せません。

1981(昭和56)年の住宅地図では、あんなに目立つ琵琶湖中央病院がなくて、ガソリンスタンドや住宅だったように書かれていたので、どうしたのかと思ったら、何のことはなく、この翌年に病院が開設されたようです。

ここと、御殿ヶ浜の間にある、不自然に広い通りについては、五百羅漢前【旧大津市内線26-2】で書きました通り、古い都市計画道路らしいことが分かりました。

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↓こちらは近くの「粟津神社」

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ネコの神様!? もっとアップで撮りたいと思ったら、驚いてどこかに行ってしまいました。「神様」申し訳ありません。

更に南に向かいます。

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次は、御殿ケ浜です。
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