青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
琵琶湖病院前 びわこびょういんまえ
所在地:大津市坂本一丁目
開設年月日:1970(昭和45)年以降1976(昭和51)年までの間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:医療法人明和会琵琶湖病院




「琵琶湖病院」は医療法人明和会が運営する精神科を主体とする病院で、診療所だった時代を含めると約60年の歴史があるようです。1993(平成5)年に全国で初めて、耳鼻咽喉科ではなく精神科から聴覚障害にアプローチする「聴覚障害外来」が設けられたことで知られ、聴覚障害者が安心して精神科、心療内科などの診療を受けられるように今も努力がなされているということです。

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現在は病院専用の送迎バスが、比叡山坂本駅、京阪坂本駅を結んでいますが、京阪バスの浜大津・石山駅方面のバス停は門のすぐ脇にありました↓

琵琶湖病院前

こちらの写真も匿名希望様から頂きました。

↓できるだけ同じアングルになるように撮影

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↓バス停があったであろう地面を見ても、何の痕跡もありません。

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少なくとも1985(昭和60)年頃からポール位置に全く変化がない南行きに対し、北行きは移動があったようです。

↓青いポールのマークで示したのは1996(平成8)年~2001(平成13)年の版の住宅地図で確認できるポールの位置。
赤い矢印で示した、コンクリートのポール設置跡があるのは、2002(平成14)年以降、廃止時まで確認できる位置。

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では1995(平成7)年以前はどうなっているのかというと、南行きしか記載がありません。何かのミスなのか、本当に片側しかなかったのかはよく分かりません。

↓両方のポールの推定位置を描き込んだ北向き全景写真

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↓南向き全景

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病院以外ほとんど民家がありません。唯一通りの西側奥に、古くからの農家なのだろうと思われる民家がありました。山と山に挟まれた場所で、畑の奥に立っている様子が、宮崎駿のアニメか何かみたいな雰囲気で、住んでみたいなと思う佇(たたず)まいでした。

↓2002(平成14)年以降のポールを描きこんで南の方を眺めると、結構眺望がいいことに気づかされます。

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それは思ひもかけない美しい湖水が、すぐその前に横つてあらはれてゐたからである。こんなところから、こんな風に見えやうとは夢にも思はなかつた湖水が。
(中略)
そこからは、大津、石山に寄つた湖水の半面が隠すところなくあらはれて見えた。ことに、對岸の三上山の形の整正な姿が、ぽつかり獨立して湖水の上に浮かんでゐるのは何とも言はれなかつた。
(田山花袋「高穴穂宮址」『京阪一日の行楽』P630)



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家が多くて、眺めを得るのが難しくなっている、狭義の穴太と比べるとここは標高も高いせいか、田山花袋が見たのと近い景色が今も見られます。

↓野添との間で望遠にすると、「大津製粉」の工場が見えますが、この辺りには江若鉄道の「叡山駅」がありました。(湖西線の旧叡山駅、現比叡山坂本駅の位置にあったのは「日吉駅」)

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次は、坂本ケーブル乗場です。
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