青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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下手の下の分岐で左折すると、こんな見事な花が咲いていました。桜でしょうか。何とも言えない絶妙なバランスです。

花を楽しみながら下りて行くと、猿丸神社行きが、また別の桜の木の下を通り過ぎて行きます。

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なおもまっすぐ歩くと、次のバス停です。

長山口 おとのやまぐち
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町岩山畠田
    (旧バス停は岩山長山)
開設年月日:1966(昭和41)年3月2日(初代旧道側停留所)
      (バイパス上の停留所は1980(昭和55)年3月24日)
付近:
キロ程:下手から1.4キロ(石山駅から18.7キロ)




旧京阪宇治交通から現在の京阪宇治バスまで、一貫して屈指の難読停留所、長山口(おとのやまぐち)。初めてアナウンスを聞いた時、何かの間違いかと耳を疑い、公式HPの時刻表で確認してやはりこの読み方で間違いないことを知って驚きました。

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今はバス停のない久御山町の「一口」(いもあらい)は、難読地名の定番としてすっかり有名になり、パソコンでも一発で変換されますが、ここは漢字変換もそのままではされませんし、メディアでも取り上げられないので、この近辺に住んでいるひとでないとまず分からない読み方です。

「長山」(おとのやま)というのは宇治田原町大字岩山の小字の1つで、バス停の東方、国道の北側にある集落です。その入口、という意味の「口」がつくのは、よくあるバス停名のパターンですが、なぜ所在地の「畠田」がバス停名になっていないのかというと、もともとのバス停は旧道にあって、本当に長山の入口と言えるような場所にあり、移転してからもその停留所名を踏襲したからなのだろうと思われます。

↓過去にバス停があった付近

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↓赤い印で書き込んでいた辺りにバス停ポールがあったのではなかろうかと思います。

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写真では分かりにくいですが、バス停の左手に「長山」の集落の上り口があります。

1979(昭和54)年1月1日現在の路線図では旧道にしか路線がなく、というかこの当時はバイパスが全通していなかったのだろうと思われます。
また、この時点では岩山で石山線と茶屋村方面からの路線が合流して宇治に向かう形になっているため、石山線に長山口の停留所はありません。

1982年版の「京阪時刻表」に掲載されている1982(昭和56)年11月30日現在の路線図、1984年版掲載の1985(昭和60)年版掲載の1985(昭和60)年4月1日現在の路線図までの間は新道と旧道両方にバス路線があったことになっていて、岩山と下町の間は、新道が宇治方面一方通行、旧道が茶屋村、石山方面一方通行となっています。そして、この時には石山線も長山口に停まるようになっています。

1987(昭和62)年版以降は廃止直前までと同じ新道を通るルートしかなく、バス停名も変化がありませんので、1985年から1987年の間に路線が完全に新道に載せ替えられたのだろうと思われます。

↓先ほどの旧バス停付近から、岩山方面を望んでいます。

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クロスしている通りが、新道で、廃止直前の石山線や、今も毎月13日だけ走る99系統(維中前―猿丸神社)はここを通っていて、ここで右を望むと、先ほどの桜と猿丸神社行きのバスの撮影場所が見えます。

↓現在のバス停は、名前以外は至って平凡です。

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これが確か石山駅、宇治田原工業団地方面です。

↓維中前、宇治方面

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何だか宇治寄りに傾いて見えます。
夕暮れ時、維中前・宇治方面を望んでいます。逆光気味ですみません。

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次は 岩山(1982年から85年版までの路線図ではさんげ橋)
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