青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
ゴルフ場前 ごるふじょうまえ
所在地:大津市大石曽束(そつか)町
開設年月日:1973(昭和48)年から1976(昭和51)年の間?
付近:大津カントリークラブ東コース
キロ程:西大石淀町から1.6キロ(大石小学校から2.6キロ 石山駅から11.4キロ)




大津比叡平線の「展望台前」、今は亡き南滋賀の「郵便局前」、と並ぶ漠然としたバス停名の代表のようなバス停です。「枚方カントリー」みたいにちゃんとゴルフ場の名前そのものにすればよかったのに、と思いますが、バス停ができた当時はゴルフ場自体が珍しく、これで十分通ったのでしょうか。
因みに、京阪バスで他にゴルフ場の名前が使われているバス停には、「国際ゴルフ場前」(枚方市)があります。

1973(昭和48)年の路線図には記載がなく、1976(昭和51)年には記載があるため、この3年間に設置されたのではなかろうかと思われますが、詳しいことはよく分かりません。

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実は「ゴルフ場前」というバス停名は、山科に先例があるのですが、これについては機会を改めて書こうと思います。

さて、このゴルフ場、というのは「大津カントリークラブ」のうち「東コース」のことです↓

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ゴルフ場自体の住所は「大津市大石淀町800番地」という簡潔なものですが、バス停のあるところは曽束側に入ります。

『大石のあゆみ』(1970)によると、天ケ瀬ダム建設によって、大石淀町では40戸の農家が水田を失うことになり、農業以外で何で生計を立てるか悩み、県や農林水産省とも相談し、付近の山林を酪農地とすべく開墾したものの、「この世紀の事業を心よしとせぬ人」の声や、ダム建設のために始めたことなのに、結局またその工事に邪魔されて、完成できなかったということです。一時は日活の撮影場として提供したそうですが、奈良の事業家が滋賀県選出の国会議員を通じて、ゴルフ場建設を企画し、今の「大津カントリークラブ」の基礎ができたそうです(P88-89)。

天ヶ瀬ダムは昭和39年完成ですから、この話からすると、大津カントリークラブができたのはそれよりしばらく後のことと思われ、開通当初はなかったバス停かとも思われます。
私はそのまま撮影場になって、太秦の「映画村」や、更にはアメリカのハリウッドみたいな感じになっていたら、それはそれでまた大石が今では考えられないような一大観光地になっていて、発展のスピードや京阪バスの路線のはられ方なども全く違ったものになっていたかもしれないな、と思います。

でも、結局農家の方々は汗水流して開墾するだけ開墾して、あと、どうされたのでしょう?ゴルフ場で優先的に働かせてもらえたりしたのでしょうか?

近くに「京阪カントリークラブ」もありますが、こちらの方がはるかに新しく、1978(昭和53)年の設置であるため、当然、1970(昭和45)年刊行の『大石のあゆみ』には登場しません。「京阪」を名乗っていますが、別に京阪系列ではありません。

↓曽束方面を望む全景

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↓最近はポンチョが通過します。

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↓曽束方面は林に埋もれそうで薄暗いです。

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いったい1日に、いや1年で何人が利用するのでしょうか?…設置からの累積乗降客数も、びっくりするような数字ではないかと思います。

しかし、このバス停はもともと運賃区界停留所で、本来は岡の平からここまでが大津市内特殊区間制1区です。

↓このバス停を裏側から見たことのあるひとはあまりいないのではないかと思います。

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面白いことに、大石小学校方面のバス停ポールとは「ゴルフ場前」の文字のサイズが異なっていて、こちらは上下の長さが3分の2ほどしかありません。

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なぜこんなバランスになってしまったのでしょう。普通はどのバス停でも上端から下端まで目いっぱい書かれているはずです。

ただ、文字のフォントは大石小学校方面の方が他のバス停と近いです。曽束方面はだいぶ違っていて、「ゴ」が主張しすぎている気がします。

↓このバス停の前後の区間はかなりアップダウンが厳しい道ですが、一昨年の台風の土砂災害の跡が昨年5月の取材時点でもまだ生々しく残っていました。

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それにしてもすぐ近くで長く暮らす私も、こんなところで大きな災害が起きたようなことは聞いたことがなく、最近の尋常でない豪雨や強風は一体何の予兆なのだろうかと不安を禁じえません。

次の曽束口との間に、旧道の跡があると聞き、「取材」しました。これについては次回の記事で書きたいと思います。
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