青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
国道山科(外環三条) こくどうやましな(そとかんさんじょう)
所在地:国道山科東詰
開設年月日:不明
改称年月日:山科駅口→外環三条 2005(平成17)年4月4日(その他の改称年月日は不明)
付近:大丸山科店 京都銀行山科支店 関西アーバン銀行(旧びわこ銀行)山科支店 京都市山科生涯学習総合センター 京都中央信用金庫山科支店 西念寺 愛生会山科病院 護国寺 (現在ないもの)京都山科竹鼻郵便局
キロ程:四ノ宮から0.6キロ、又は0.7キロ


京津国道線の記事を再開します。

現在の山科は随心院領だった小野、勧修寺・醍醐寺領の勧修寺村、毘沙門堂領の安朱村以外はほとんどが「禁裏御料」つまり、皇室の料地でした(『京都市の地名 日本歴史地名体系27』P330-331)。

山科を古くは「山階」と書くこともあった(今はこう書いても、京阪バスの「山階校前」バス停の由来となっている京都市立山階小学校のように「サンカイ」と読むのがふつう)ことから、「山が階段状になったところ」という解釈もあるようですが、吉田金彦は「シナ」は古代南方語で「光」を表し、「東雲」の「シノ」や、草津市志那の「シナ」も同じ語源、としています。より歴史が古い草津の志那に対して、山のある「シナ」だから「山科」で、「山に光が射すところ」くらいの意味合いでしょう(『京都の地名を歩く』P117)。



京津国道線を取り上げる上で、一番難儀し、一番面倒臭かったのがここです。

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ここはバス停名の変遷と移動が複雑で、時期によっては「国道山科西詰」「国道山科南詰」「国道山科東詰」と乗場ごとに呼称が異なったり、ここを発着点としていた時期もあって、どう書けばよいかを考えること自体に時間がかかったためです。

拙ブログにおいては、「●詰」は関係なく、全ての乗場を「国道山科(外環三条)」という1つの停留所として扱い、UP日時点ではっきりしている変遷だけ都度記載致します。

まず、現行の「外環三条」バス停を取り上げます。

↓京津国道線の末裔、19号経路の四条河原町方面行きは外環三条交差点西のこのポールを使用しています。

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↓浜大津方面を望んでいます。

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↓近江鉄道バスでは2014年まで「山科駅口」を名乗っていました。

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京阪バスでも2005(平成17)年4月3日のダイヤ改正以前は、「山科駅口」でした。現在は近江鉄道バスは「国道山科」を名乗っているようです。

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1985(昭和60)年時点の路線図では、四ノ宮の次は「国道山科西詰」とされていて、これがこの乗場に相当するバス停のようです。1983(昭和58)年以降、現在の乗場となっているようです。

それまでは、護国寺近くのこの辺りが乗り場だったようです↓

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時代が古くなればなるほど住宅地図の記述が安定しないので、あまりあてにはできませんが、少なくとも1976-1982年の約6年ほどはここにポールがあったようです。

↓三条方面を望む。

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↓浜大津方面を望むと、更にそれ以前の停留所跡も見えます。

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↓現在の停留所と、先ほど触れた1976-1982年にあったと思われるバス停の間に、その更に以前1967(昭和42)年から1971(昭和46)年頃までの京阪バス国道山科バス停があったようです。

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なお、1976-1982年の間にも、このバス停が書かれていて、バス停名は何もつかない、ただの「山科」となっています。これは市バスのバス停です。一般路線のバス停でこんな大きな単位の地名だけずばりの名称は珍しく、ずいぶん漠然としています。
1971年から1976年にかけての変遷がはっきりとしませんが、この間で、市バスの乗場と京阪バスなどの乗場とが分かれたのでしょう。

一方、1967(昭和42)年ないしそれ以前から1978(昭和53)年までの間、「国道山科」を名乗るまた別のポールが、現在の「なか卯」の前辺りにありました↓

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これが京阪バスのポールなのか分かりません。この当時は、京阪、帝産、近江、滋賀交通、江若、そして京都市バスの少なくとも6社局が停車していたはずで、国道山科という拠点ともいうべき停留所のポールが複数あったとしても、不思議ではありません。

最後にプラス1枚↓

帝産湖南 国道山科

T.F.様撮影のこの付近で撮影された帝産湖南交通の河原町御池行きです。T.F.様、貴重な写真のご提供ありがとうございます。

次回は、西詰の東行きのポールを取り上げます。
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