青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
先日、JR KYOTO ISETANの「モーリス・ユトリロ展」を見に行きました。ユトリロ(1883-1955)は大好きな画家の一人です。日本初公開の作品ばかりとのことで、大いに期待しておりました。

解説は、ネットでたくさん出てきますが、シュザンヌ・ヴァラドンというもともとモデルだった女性画家の私生児として生まれ、自分の美しさを生かして恋に仕事に生きる彼女からあまり愛情を受けられず、その寂しさを紛らすため、何と10代のころからアルコール依存症だったことは有名です。自分を画家だとは思っていなくて、とにかく安酒が欲しいために、酒と引き換えに絵を描くような生活を続けていたそうですが、その割に、亡くなったのが71歳なので、意外に長生きだな、と思います。何回か精神病院に、入院…というより、文字通り「収容される」という状態の時もあったといいます。変な言い方ですが、いつ自殺してもおかしくないのに、そういったことは聞いたことがありません。本当は強いひとなのでしょうか。

印象派が郊外での創作に没頭していた時代、彼はむしろ何気ない街角や建物を中心に描いています。一般によく知られるのは、「白の時代」で、多くの方も、ユトリロと言ってイメージされるのは、白い漆喰の壁、ひとけのない通り、といった寂しい絵だと思います。漆喰の雰囲気を出すために、漆喰そのものや、卵の殻、ハトのフンまでも絵の具に混ぜたというのも有名な話です。
しかし、今回の展覧会は、「色彩の時代」等、他の時代の絵もかなり多く取り上げられ、今まで持っていたユトリロ観が変わりました。

白の時代の絵は、見れば何となくユトリロだろうな、と分かるのですが、色彩の時代だと、言われなければ印象派の誰かかな?と思ってしまいそうです。

ユトリロ目録

でも人物を描くと↑…何だかバランスが悪く、描き慣れていないようにさえ見えるのは私だけでしょうか。この歩いているひとたち、背が高すぎて、通り沿いの家に入れない…。一般に彼の絵は、建物の遠近感はよく出ていて、近いところから遠いところへ、自然と視線をいざなってくれるのですが。
そもそも、ユトリロの絵でひとが出てくる、ということ自体、意外でした。決してひとを書かないと思っていました。サイズがどうとか、そういう風に見る絵ではない、と言えばそうかもしれませんが、ひとと関わりたくてもうまく関われないという葛藤のようにも見えます。

ユトリロ目録表紙

展覧会に行くと、ついミュージアムショップで要らないものを買うクセが…。目録買わないと、展覧会に行った気にならないこの性分、何とかしないと…。後でゆっくり見よう、と思うのですが、そういう時が訪れた試しがない(^_^;)

ユトリロ展出口

ところで、皆さんは美術館、博物館、或いは百貨店の美術展などに、行くとしたら何時頃に行かれますか?

私は、展覧会の規模にもよりますが、大体、閉館と同時に会場を後にできるよう、1-2時間くらい前に会場に入るようにしています。閉館30分前になると、新たな入場ができなくなるため、そこからが私の本番!元来た道を入口まで戻って、誰も入ってこなくなった会場を、特に気に入った作品や混んでいてゆっくり見られなかった作品を重点的に見ます。これが至福の時

大丸などの場合「トワイライトサービス」と言って、18時以降の入場は料金が半額になるのも魅力
それでいながら、時には会場がほとんど自分1人の貸切で、あたかも画家と対話するような気分で、仕事帰りにゆったりした時間を過ごせます。

ユトリロ展は明日まで開催、まだ間に合います。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/75-9dc9b577
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック