青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
膳所駅 ぜぜえき
所在地:大津市馬場二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明(昭和42年頃?)
付近:JR膳所駅 京阪膳所駅 滋賀銀行膳所駅前支店 滋賀県立大津高等学校 滋賀県立清陵高等学校馬場分校 大津膳所駅前郵便局 大津教会聖堂 聖母幼稚園 馬場元町自治会館 
 

馬場は今では大津市の中に入つて了(しま)つた。つひ近頃馬場の停車場は大津の停車場と改名された。鮒鮨を其處(そこ)で賣(う)つてゐる。所謂(いわゆる)湖水でとれる源五郎鮒なるものである。
(田山花袋「東海道畿内」『田山花袋の日本一周』P411)





田山が「大津の停車場と改名された」と言っているのが今の膳所駅にあたる駅です。馬場→大津→馬場→膳所、と何度も名を改めました。

膳所駅の前にバスが来ていたなんて、もはや下千町、千町口以上に誰にも信じられないことになってしまっているでしょう。
でも、各種の資料から間違いがないのです。

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膳所の歴史に関する本を図書館で調べましたが、膳所城や膳所駅、旧東海道の町並みについては丹念に書かれていても、バスのことは全く書かれていませんでした。影が薄かったのか、狭い道を無理に走っていると思われて、あまり歓迎されていなかったのか…。

膳所駅は、ご存じの通り大規模な改修工事が行われています。元の姿を見ておくなら今のうちです。地下道を延長して南側に行けるようにするのでも全然良いと思うのに、なぜわざわざお金をかけて橋上駅にするのかよく分かりません。しかも、10数年前に作られたばかりの南北自由通路を活用するわけではないようです。

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ここは日本最古のスイッチバック駅であったり、江若鉄道との連絡線が設けられていたり、とてもそんな風に見えないのにさりげなくなかなかすごい駅なのですが、その部分は他に詳しいサイトさんがありますので、そちらをご覧下さい。

↓旧大津市内線は向こうの錦、膳所本町方面から走ってきました。

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↓それこそこの広場の、手前の花壇の辺りか、駅舎の目の前の、今タクシー乗り場になっている辺りにバス停があったのでしょうか。

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↓JRの駅舎の向かいには京阪膳所駅

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↓膳所駅前にあるのは、膳所高校ではなく、大津高校。

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↓膳所駅前にあるのは、膳所小学校ではなく、平野小学校…

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ややこしいです。本当はここは狭義の「膳所」ではなく、「馬場」だからということなのでしょう。

↓膳所駅前から義仲寺、西武百貨店大津店方面に伸びる坂道は今、いつの頃からか「ときめき坂」と呼ばれるようになり、人波が絶えない通りになりました。ここの人通りは郊外型の大型ショッピングセンター以外の、市街地らしい市街地では大津市内でも屈指のものだろうと思います。

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↓暫く行くと、義仲寺・西武百貨店方面と、大津署方面とに道が二又に分かれます。

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「右・義仲寺みち」は私でも簡単に分かるのですが、もう一方がよく分かりません。「大津のかんきょう宝箱」によると、「はせを翁の墳 是より二丁」と書かれているそうです。つまり、松尾芭蕉の墓がここから二丁(約220m)だということです。

大津市内線のバスは、ここで左の方に進路をとり、大津署前に向かっていました。そこで往路と合流し、あとは往路と同じ道を三井寺下まで走っていました。

日本は、もともとが紙と木の建築、台風や地震の災害が多い、ということで簡単に建物を壊しては建て直すということを繰り返しがちで、町並みはすぐに変わってしまいます。
膳所駅は、これからますます大きく変化することでしょう。記録をするなら今のうちかもしれません。

大津市民でありながら、石山駅から北の、湖岸道路と国道に挟まれた膳所を中心とする範囲や、旧大津市街のことはほとんど何も知りませんでしたので、いい勉強になる旅だったと思います。

次は、大津署前です。

(ここからは完全に往路に重なりますので、本特集はこれで一旦終わります。できれば年内のどこかで特集開始以後に新たに判明したことを補足しながら、旧大津市内線全体の総括をしたいと思います。長らくのお付き合いありがとうございました。数年越しの「取材」にご協力頂いた膳テツ様やコメントで情報や感想を下さった方々、末筆ですがありがとうございました。)
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コメント
この記事へのコメント
どうも、ご無沙汰しています。

「膳所自動車教習所」が膳所駅とはかなり離れた瀬田川東岸に立地していますね。なぜ「膳所」と名づけたのかは謎です。昔、私はそこの教習所に通っていたので、懐かしい思い出?があります。
2014/09/13(土) 16:23:01 | N-3899 | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
N-3899様、こちらこそご無沙汰しております。
仰っていることについては、実は別途湖岸道路経由の路線を取り上げる時にでも書こうと思っていたのですが、もともとは膳所にあったから「膳所自動車教習所」なのです。移転しても名前を変えなかったのです。

東京の「尾久自動車教習所」など、たまにそういうケースがあるようですね。

膳所駅も本文中に書きましたように、本来の「膳所」ではなく「馬場」なのですが、膳所自動車教習所は、もう少し本来の意味での膳所に近い、現在の「西ノ庄」のバス停前、大津プリンスホテルと湖岸道路の間の、現在、スーパーマーケット「バロー」と「サンドラッグ」などがある辺りにあったようです。
いつまでそこにあったのかは私もよく分かりません。教習所が瀬田に移転した後に、近江鉄道バスの大津営業所ができ、それは私も辛うじて知っていますが、プリンスホテルの建設で大津営業所も移転しました。
2014/09/13(土) 17:30:45 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
膳所自動車教習所
こん**は。

膳所の街を離れてもう10年にもなると、記事の写真に懐かしさを感じるとともに、たかが10年とは言えど、街並みの変化が現れてきます。それが何十年ともなれば、当時の面影を探すのも一苦労ですね。

さて、表題の膳所自教ですが、幼いころの記憶を辿れば、近江バス大津営業所の裏手、現在のプリンスホテルの位置にあり、プリンスホテルの建設に伴い、現在地に移転したはずです。移転の時期は近江バス大津営業所の移転よりも少し早かったような気がします。
2014/09/14(日) 10:54:49 | 膳テツ | #5sueVKG.[ 編集]
Re: 膳所自動車教習所
膳テツ様、コメントありがとうございます。また、何回も取材にお付き合い頂いたり、いろいろな情報を頂き、ありがとうございます。

> 膳所の街を離れてもう10年にもなると、記事の写真に懐かしさを感じるとともに、たかが10年とは言えど、街並みの変化が現れてきます。それが何十年ともなれば、当時の面影を探すのも一苦労ですね。

でもまだ変化が少ない方ではないかな、と思います。まあ、どこかにも書いた気がしますが、日本はもともと壊れやすい(壊しやすい)素材で建築して、建て直すというのが、災害が多い風土に合わせたある種の文化ともいえる気がするので、変化をさせるまいとすることは、とても難しいことですね。

> さて、表題の膳所自教ですが、幼いころの記憶を辿れば、近江バス大津営業所の裏手、現在のプリンスホテルの位置にあり、プリンスホテルの建設に伴い、現在地に移転したはずです。移転の時期は近江バス大津営業所の移転よりも少し早かったような気がします。

あ、教習所と営業所が共存していた時期があるんですね。私は教習所があの場所にあったことが全く記憶にないので、営業所は教習所が移転した後にできたのだとばかり思っていました。

近江鉄道や膳所自校の公式HPを見ても何も分からないので、一度古い住宅地図も見てみます。
2014/09/14(日) 18:23:03 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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