青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
真町 しんちょう
所在地:大津市長等一丁目?
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:西友大津店 大津赤十字病院




この町名を『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』で調べるのは少し苦労しました。
「まことまち」「まことちょう」だと思い込んでいて、音読みするという発想が全くなかったためです。「まさ」と読むのかな、といろいろ考えながら、「真町 大津市」をキーワードにネットで検索して、どこかのサイトさんで「しんちょう」という正しい読み方が書かれているのを見て、やっと発想の転換ができました。一人の目で見てドツボにはまるとこういうことになるんですね。私のような郊外の住人でなく、旧大津市街のひとには当たり前の知識なんでしょうか。
確かに、「しんちょう」を変換するとこの町名が出てきます。今もどこかに「しんちょう」があるのでしょう。

江戸期には「新町」(しんちょう)だったようです。なぜ文字が変えられたのか分かりませんが、明治から「新町」となり、1950(昭和25)年、隣の「西町」と合併して「真西町(しんにしちょう)」となりました。現在は長等一丁目、三井寺町の各一部分になっています(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P401-402)が、自治会の名前としては残っています↓

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もともとは柴屋町と共に花街として有名で、もともとは今の県庁付近にあったものを、ここに移したのだそうです。

この辺りは再開発と都市計画道路の整備が著しく、ここ数年で様子がコロッと変わってしまいました。

↓バス停があったと思われる辺り、上が2013年現在、下が2008(平成20)年現在

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建っている建物まで変わっています。
三井寺、長等公園から来たバスはここで右手からこちらに顔を出し、三井寺、長等公園方面のバスは逆にここで右折していました。今は一方通行なので、三井寺方面に向かうことはできません。

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古い道は今より曲がっていたようです↓

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↓時代の荒波に最後の抵抗を挑もうとするかのような、もともと遊郭だった雰囲気のある家。

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今は駐車場になっていますが、これが暫定的なものなのかどうか、分かりません。ひょっとすると上の写真の建物と、旧道もろとも、整地されて新しい家やアパートになってしまうかもしれません。

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↓1957(昭和32)年9月14日付京都新聞滋賀版には、この辺りのことを書いたのかと思われるような読者投稿記事。

S32.9.14KS 危険千万な大津市の通りb

「狭い道を我が物顔に走る市内バス」は京阪バスなのでしょうか?

この頃から、道路の発達や交通政策と自動車の発達がアンバランスな時代が暫く続き、交通事故死者数も増加し続け、「交通戦争」と呼ばれました。

次は、上北国町です。
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コメント
この記事へのコメント
真町
旧大津市街出身ですが「真町」は始めて聞いた地名です。学区内なのに早くに消えた地名だったのでしょうか?

ここをバスが走っていたのですね。
日常的な場所ではなかったので始めて知りました。

新聞記事 笑ってしまいました。
当時のニュースアナウンサーの口調に似合いすぎる表現です。
交通戦争ですね。

父方の祖父は、川口公園~京阪電車軌道時期あたりでタクシーに当たり、それがもとに亡くなったと聞いています。昭和15年位の事かと思います。
生命保険をかけていても、おっちら歩けない大津市街。。
そうだったのかもしれません。。
2014/06/05(木) 19:41:56 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: 真町
今日はなぜかすごいコメントラッシュでありがたいことです。

> 旧大津市街出身ですが「真町」は始めて聞いた地名です。学区内なのに早くに消えた地名だったのでしょうか?

そうなんですね。自治会の名前としても、「真町」そのままでなく「真西町」などと変わってしまっているからでしょうか。

> 新聞記事 笑ってしまいました。
> 当時のニュースアナウンサーの口調に似合いすぎる表現です。
> 交通戦争ですね。

今私も読み直しましたが、そう言えばそうかもしれませんね。you tubeで時たま昔のニュースを見ると、どこで誰が見つけてきたのだろうと思うような騒々しい仰々しい音楽をバックに、日本語だから意味は分かるけれども、何かが今とは違う語り口調。ことばと社会の変化を感じさせられます。

イギリス人が、アメリカ人の英語を聞くと(その逆も)、発音の違いや単語、文法の違いなどの表面上分かるような違いとは別の、心の奥底からは理解できない何か――文化や受けてきた教育、育ってきた環境や社会情勢の違いその他諸々のことばを支える部分の違いがあって、違和感を覚えるという話をふと思い出しました。

> 父方の祖父は、川口公園~京阪電車軌道時期あたりでタクシーに当たり、それがもとに亡くなったと聞いています。昭和15年位の事かと思います。

昭和30-40年代は、車を駐車場に止めないといけないとか、スピードの出し過ぎは危険だとか、そういう意識が低いのか、しばしば交通モラルの低さが問題になっていたようですね。
「パーマン」など80年代に放送されていたアニメで、街中の渋滞している様子を表すのに、クラクションが効果音としてしきりに鳴らされ、「渋滞だからってクラクションをそんなに鳴らす奴いるかよ、誇張しすぎ」と思っていましたが、「パーマン」の最初の連載は1966(昭和41)年なので、その当時なら、クラクションを鳴らしたから進むものでもないのに、取りあえず鳴らすのが普通だったのだろうか、と最近は思います。
2014/06/05(木) 20:31:16 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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