青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
本丸町 ほんまるちょう
所在地:大津市本丸町
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:膳所公園団地 膳所浄水場 近畿産業信用組合大津支店 大津市科学館 大津警察署ぜぜ寮 (現在ないもの)大津市立丸の内幼稚園
キロ程:膳所公園から0.3キロ




地名からすぐに分かるように、膳所城の跡地です。本丸の跡は膳所城跡公園、二の丸跡は膳所浄水場、三の丸と高禄屋敷跡は滋賀県監獄署膳所監獄、滋賀刑務所を経て、1966(昭和41)年の刑務所移転後は膳所団地になっています(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P768他)。

このバス停は、旧大津市内線の膳所浜田町及び中ノ庄の代替バス停と思われます。

↓浜大津方面の乗り場ですが、このように引いて撮影すると、団地のそばだということがよく分かります。

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↓石山駅方面のバス停は、膳所浄水場の敷地の南東端、後ろはすぐ琵琶湖です。

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↓ベンチはなぜか遠く茨木の鋼材メーカーの寄贈品です。

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山科の「石塚町」のバス停のベンチも四條畷の飯盛霊園のベンチでしたし、こういうものも、大規模な路線の改廃や車両の転属等のタイミングで、車両と同様に営業所間でやり取りされているのでしょうか?

↓本丸町と言って忘れてはならないのはやはり先ほども少し触れた膳所浄水場でしょう。

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1955(昭和30)年 柳ケ崎浄水場に次いで大津市2番目の浄水場として設置されました。従って、湖岸道路こそ全通していないものの、旧大津市内線があった当時は既にこの位置に浄水場がありました。
現在は1985(昭和60)年に新設された新瀬田浄水場とともに、主に大津市南部膳所、石山、瀬田方面に給水しています。

話がそれましたが、石山駅方面のポールは少なくともここ30年ほど移動していないようです。しかし、浜大津方面は大きく動いています。

↓まず1993(平成5)年以降の住宅地図で確認できる現在の位置 浜大津方面を望む。

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↓石山駅方面を望む。

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↓逆に浜大津方面を見ると、膳所公園バス停との間に「大津市科学館」が見えます。

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↓大津市科学館は、1970(昭和45)年から1990(平成2)年まであった大津市立丸の内幼稚園が園児数の減少で膳所幼稚園に統合されたのと入れ違いに、それまでにおの浜にあった科学館が1992(平成4)年に移転してきました。県立体育館【なぎさ公園線8】で書きました、「遊びの森SL公園」などがその跡地に当たります。

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↓バス停近くに掲げられていた案内図。

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どういうひとが依頼して、どういうひとが作ったのでしょう?「石川坂本線」だの「膳々本町」だの、ひどすぎる間違いです。

↓1992(平成4)年以前の版の住宅地図で確認できるおよその位置を描き込むとこのようになります。

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↓旧位置から浜大津方面を望む

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現在のバス停からかなり離れているので、ほとんど現在のバス停が見えないほどです。
石山駅方面のバス停と真向いではありませんが、かなり近い位置にあったことが分かります。

次は、中ノ庄です。


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