青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
少し違う話題を挟みましたが、湖岸系統に戻ります。ついこないだの紅葉なのに、もう遠い昔に感じられる程雪で寒かったですね。

雪に見舞われた18日の木曜、あるバス停でバスを待っていたら7、8分ほど遅れてきたので、思ったほどじゃないな、と安心したのですが、経路番号から、その30分ほど前に通過していないとおかしいバスだということが分かってびっくり!その後も各交差点を通過するだけで15分とか20分とか普通にかかって、結局、石山駅まで20-30分ほどの道のりに1時間半ほどもかかってしまいました。

「京阪バスはすぐ止まる」「よく遅れる」
なんていう声を聞いたことがあります。私はファンじゃないから、会社をかばう気はありませんし、よその営業所のことや比叡平方面はよく分かりませんが、少なくとも浜大津、石山以南では、実際はそうじゃないんですよ。

ゆっくりしか走れない、ということや、高速道路が通行止めで下道が混む、ということももちろん渋滞の大きな原因ですが、それに拍車をかける無視できない要因は、みんな、バスが遅れる、止まる、と思って、安易に家族を車で送ろうとすることなんです。

県内で18日の午前0時から正午までの半日で県内で発生した事故件数は154件、乗っているバスの無線でも、実際、乗用車のスリップ事故で通行に注意を要する旨の報告が入っていました。雪道に慣れていないのでしょう。事故なんて起きたらそれでまた車線が塞がって渋滞することは言うまでもありません。

いろんな事情で車にせざるを得ないこともあると思いますし、延着証明をもらっても済まないような用事もありますが、悪天候の時こそ運転はプロに任せて、できるだけ公共交通機関を利用するのがよいと思います。
「急がば回れ」じゃありませんが、「遅れる」と思って車を使って、早く着くかと言ったら、そうでもないことが今回の雪でよく分かった気がします。


馬場一丁目 ばんばいっちょうめ
所在地:(石山駅方面)大津市におの浜三丁目 (浜大津方面)大津市馬場一丁目
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:滋賀県立体育館 京都銀行大津支店 イオンタウンアヤハプラザ 京都信用金庫滋賀支店 関西電力滋賀支店
キロ程:義仲寺から0.4キロ




『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』(1979)によると、「大岡寺前の桜馬場があったことによる」という(P577)ことですが、「大岡越前」はともかく「大岡寺前」をキーワードにしても何もヒットしないので、誰のことか分かりません。ただ、隣の中庄には今も「桜馬場自治会」があります。

今は膳所駅があることから、私たち大津市民はこの辺りを広い意味で「膳所」と認識していますが、ここまでは旧大津市の範囲だったようで、明治22年に大津町が成立すると、大津町の大字となり、明治31年に大津市が成立した時にも大津市の一部とされました。1964(昭和39)年に現在のように馬場一丁目~三丁目となりましたが住居表示制が施行されたのは更に後の1967(昭和42)年です(同書P577-578、766)。

↓近くには「馬場東町」自治会館があり、旧大津市内線の「馬場東町」の代替バス停であろうことが窺えます。

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湖岸道路への載せ替えのタイミングで、住居表示制の新住所「馬場一丁目」に変更したのでしょう。

↓少なくとも1985(昭和60)年の段階から、浜大津方面のポール位置は変わっていません。
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西武百貨店が見えます。

↓石山駅方面

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昔から「県立体育館前」というのが副停留所名ですが、何にも前なことなんてありません。「滋賀大前」もひどいですが、よくもこんなに離れたところを「前」なんて言えたものだと驚きます。「県立体育館入口」と言っても道なりには行けないのでまだおかしい感じがします。

なお、1985(昭和60)年版以前の住宅地図では、石山駅方面のポールが今より東にずれていました

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↓右の細い通りの向こうに現在のバス停が見えます。

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1969(昭和44)年5月20日付京都新聞大津市民版に、このバス停の写真が掲載されています。
一見すると中央分離帯のように見える位置にバス停があるのですが、恐らく、バス停の左に写っているのが湖岸道路で、右手に車が写っているのは駐車場なのかと思われます。

ここと、商工会議所前は、「陸橋、地下道と停留所が遠すぎるため、それらを利用するものが少ない」と書かれていますが、この当時、湖岸道路の湖側はほとんど何もなかったのでしょう。

次は、西ノ庄です。



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