青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
近衛通 このえどおり
所在地:東山近衛
    (比叡平方面)京都市左京区吉田橘町
    (三条京阪方面)京都市左京区吉田近衛町
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:京都大学医学部 NTT京都支店京都吉田別館(旧京都吉田電報電話局) 京都大学楽友会館 京大吉田寮 京都市立近衛中学校 吉田近衛府営住宅 




市バスのバス停としては恐らく非常に古く、市電から継承されているものと思われますが、京阪バスが停車するようになったのは、京都比叡平線が開通した時からです。その前から走っている京都比叡山線は、京都比叡平線開通当時は東大路通経由ですが、この停留所は通過していました。

北行き、南行きのバス停の位置が、東山近衛の交差点を挟んで大きくずれていますが、京都比叡平線開通時はもとより、バス停の位置がはっきり確認できる住宅地図としては最も古い、1973年版の『京都市精密住宅地図』(吉田地図出版)でも既にこの位置でした(これより古いものは、記載がなかったりおおよその位置に〇しかなかったりで位置の特定をするには不完全)。

因みに、京都市の住宅地図は驚くべきことに何と最も古いものは1951(昭和36)年版から京都府立総合資料館、京都府立図書館に所蔵されています。ご興味がおありの方はぜひご覧下さい。

交差点の名前は「東山近衛」↓ですが、この停留所は市電時代から伝統的に「近衛通」とされているようです。

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『京都市の地名 日本歴史地名体系27』(平凡社 1979)では、「出水(でみず)通」を「近衛通」ともいう、としていて、平安京開設当初の「近衛大路」にほぼ相当すると書いています(P532-533)。

↓NTT京都支店の別館前にある南行きのバス停

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↓他にあまりないケースだと思いますが、なぜか明朝体というか、筆で楷書を書いたような字体になっています。

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↓因みに北行きは他でも見られる丸ゴシックのような字体です。

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バス停の上屋とは別にしっかりした待合所がありますが、これを利用しなければならないほどたくさんのひとが待つことなどあるのでしょうか?

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↓京大吉田寮をバックにして

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↓「取材」中、土曜休日ダイヤに1往復しかない、京都バスの東大路通経由の大原発京都駅行きが通過しました。

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特に意識していたわけではないのに、このバスに巡り合えたのは幸運だと言えましょう。
行楽シーズンだったこともあってか、それなりに乗客がいました。京都駅と大原の間を利用するひとにとっては、極端に遠回りでない限り、別にどこを通ろうと関係ないことで、東大路通の区間で乗降したりするような利用者はほとんどいないのでしょう。

↓近衛通を東に入ると、南側に京都市立近衛中学校があります。

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大津市山中町の子どもは、大津市立比叡平小学校を卒業すると、バス便の都合でここまで通う特例が有名だったのですが、2013年1月現在の大津市の公式HPを見ると、山中町は皇子山中学校の学区とされていて、特例が生きているのかどうか不明です。

交通や地形の事情で府県境を跨ぐ越境通学の特例措置があるのは、京都市⇔大津市間で他に2ケース(京都市左京区久多→大津市立葛川小・中学校、京都市伏見区醍醐一ノ切町他→大津市立石山小・中学校)あります。

一方で府県境の境界線が複雑な藤尾・小金塚地区は杓子定規で、例えば山科区四ノ宮小金塚の子どもは、大津市立藤尾小学校のそばを通り過ぎるようにして京都市立音羽小学校に通わなければなりません。

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銀杏の落ち葉を踏みしめながらバス停を見送って、南下します。

次は、熊野神社前です。
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