青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
柳ケ崎 やながさき
所在地:(浜大津方面)大津市柳が崎 (堅田方面)大津市松山町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:旧大津びわこ競輪場 (現在ないもの)汽船バス株式会社柳ケ崎車庫 汽船タクシー本社 
キロ程:際川から1.1キロ(江若交通においては競輪場前から0.1キロ)


安井川湖西病院前の間も0.1キロしかありませんでしたが、ここも競輪場前からたった0.1キロしかありません。

↓柳ケ崎交差点を北から南に渡る江若交通浜大津線

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際川の回で書きましたが、ちょうど昨日の正午、ここから北の中央線変移システムが廃止されました。
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『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』を見ても、地名の由来のようなことは何も載っておらず、「水道発祥の地」とあります(P769-770)。実際、大津市企業局の公式HPでも、
「柳が崎は、本市上水道発祥の地で、昭和3年、本市上水道創設時、山上浄水場の水源地が設置されました。それ以来、柳が崎は、大津市民にとって水道と切りはなせない地名となり近代水道百選にも選ばれました」
とあります。

↓柳ケ崎浄水場は、旧琵琶湖ホテル(びわ湖大津館)の向かいにあります。

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柳ケ崎でびわこホテル方面、二本松・近江神宮前方面に通じる神宮道がクロスします。

堅田方面のバス停位置は少なくともここ30年ほど変わっていないようです↓

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↓「薄っぺらくて」撮影しにくいですw

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浜大津方面は1990(平成2)年頃まで数十m北にポールがあったようです。
浜大津方面の全景を撮影しております↓

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青いポールの印は浜大津方面のバス停があったと思われる旧位置。赤い矢印は、現在のバス停がある位置。

↓現在のバス停から見た旧バス停位置

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もちろん、京都今津線があった当時にどこにポールがあったかなど到底分かりませんが、京津国道線などはここに停まっていたのかもしれません。

↓こちらは現在の浜大津方面のポール

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↓もともと仰木の里の開発に合わせて導入された特別なカラーリングのブルーリボンが付近を北上。

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神宮道の上にあった乗場については大津市内総合線のバス停として別に扱うことにしたいと思います。

次は、紅葉パラダイス前【京都今津線・大津市内総合線他】/びわこホテル【大津市内総合線・京津国道線他】/二本松【大津市内総合線】/近江神宮前【大津比叡山線】です。
※本シリーズとしては紅葉パラダイス前に進みます。
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この記事へのコメント
地名の由来
柳ケ崎とは、柳川が琵琶湖に注ぐところに出来た岬の地形名です。交差点の東側の琵琶湖に突き出たところがまさしくそうです。
天井川であった柳川は皇紀2600年(昭和15年)の近江神宮の祭典の前に付け替えられ、その跡地が東西を走る神宮道になりました。
では、付け替えられた現在の柳川はどこかと言いますと、柳ケ崎の交差点の一つ北の信号の所で西近江路と交差しています。
何も調べずに記憶だけで書いているので、川の名前を間違えているかもしれませんが、ご容赦のほどを。
2016/01/20(水) 02:28:09 | むっくん | #YG9ONXHE[ 編集]
Re: 地名の由来
久々のコメントありがとうございます。

> 柳ケ崎とは、柳川が琵琶湖に注ぐところに出来た岬の地形名です。交差点の東側の琵琶湖に突き出たところがまさしくそうです。

よくそんなことをご存知ですね。何の文献に載っているのか私も調べたいです。

なるほど、言われてみれば柳が崎は確かに一種のカスプ状三角州に見えますね。なのに中央に川らしい川がない、となれば付け替えられたのだろうか?と考えないといけないのに、思いが至りませんでした。地理選択だったのに不甲斐ないです!

際川も自然に琵琶湖に真っ直ぐ流れていれば、きっとここが河口だったのだろうな、と思われるような位置に小さな三角州のようなものがありますね。恐らく自衛隊(というよりは旧日本軍)の都合で川の流路が返られたんでしょうね。

よく見ると、四ツ谷川、大宮川、天神川、真野川など、特に湖西にはたくさん小さな三角州があることが分かりました。また、「茶が崎」を作ったのは不動川のようですね。

私が見る限り、湖東に三角州らしい三角州が少ないのは、川の水量と傾斜、運ばれる砂の量、流れ込んだ後の琵琶湖の深さ・固定の地形といった要素が異なっているからなのでしょうか。
2016/01/21(木) 00:35:08 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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