青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
蛙岩 かえるいわ
所在地:大津市石山南郷町字中道
開設年月日:(京阪バス)不明
      (京阪宇治交通)1962(昭和37)年11月1日?
廃止年月日:(京阪宇治バス)2008(平成20)年11月1日
付近:蛙岩
キロ程:新浜から1.0キロ(石山駅から7.4キロ)




新浜を出ると京阪バスでは、
「次は、蛙岩、蛙岩です。尚、これより先、カーブが続きますのでご注意願います」
という異例とも言うべき注意喚起アナウンスが流れ、車窓の両側にいよいよ山が迫り、どこに連れて行かれるのだろうという不安が掻き立てられます。他には交野の南星台で全く同じアナウンスを聞いたことがある気がします。

↓石山駅方面標柱。

IMG_6745.jpg

↓石山駅に向かうN-3154。

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↓大石小学校行きのN-3154と大石方面の標柱。

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乗客と間違われないよう、他に利用者がいない時はいつもできるだけバス停から離れるか、反対車線側に立つようにしているのですが、歩いている時、全く不意に来たので、どうも私を乗客と思ったのか停まって下さいました。どなたか分かりませんが運転手さん、すみません。

それにしても、付近に民家は全くなくいつ頃からなぜ設けられているのかよく分からないバス停です。
私もそうめったに大石方面のバスになど乗らないのですが、一度だけ降りるひとを見ました。何の用事があるひとなのだろうと思います。何なら別になくてもおかしくない停留所です。
しかし、このバス停には実は運賃区界という重要な役割があり、以前から、ここと石山小学校前との間で特殊区間制1区をなしており、現在は「南郷地区」の南端となっています。新浜の団地の住民のバス利用者の多くはかつては「石山地区―蛙岩」の定期券を使用していました。

そばの喫茶『エデン』はいつの間にか閉鎖となり、最近一旦復活したように見えたのですが、また閉じられています。ただ、株式会社フレンドシップアドベンチャーズなる会社が、渓流を生かした「ラフティング」その他のスリルある川のレジャーを提供していて、駐車場が狭いこともあり、アクセスとしてちゃんとこのバス停を挙げています。

やっているのかいないのか何ともよく分からんな、と思っていたのですが、公式サイトの予約状況のページを見ると、GWは予約がいっぱい。どうも実はちょっとした穴場スポットのようです。

この「蛙岩」について書かれた文献はほとんどないばかりか、南郷、大石の住民でも「蛙岩」などという岩が本当にあるのか、一体「蛙岩」とは何なのかすら知らないひとは珍しくないと思います。毎日通っている京阪バスの運転手さんも、実は蛙岩の何たるかを知らないというひとがいるかもしれません。

私もそんな岩があるのかな、と思いながらネットで調べたような次第です。駐車場から見えます↓

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そばで見たくて、どこから川に下りられるのか探すのと、岩だらけの河原を歩くのにずいぶん難渋しました。

あまり水位が高いと見えないかもしれません。逆に私が撮影した時より、もう少し水位が高いくらいだと、もっと蛙っぽく見えるのかと思います。

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蛙に見えますでしょうか?横から見るとあまりそうは見えません。

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川の下流側から見ると、カエルの頭のように見えるのかと思いきや、なぜかこちらからもカエルの後ろ姿のように見えるのが不思議です↓

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川の浸食作用が非常に強いため、蛙岩だけでなく、変わった形の岩が多いです。

IMG_7253.jpg

『大石のあゆみ』(1970)によると、蛙岩を佐久奈度神社に捧げようと、氏子たちが何と自衛隊に頼んで引き上げようとしたものの、びくともしなくて断念したという逸話があるそうです。自衛隊もよくもまあそんなことに応じたものだな、と驚きです。普通クレーンの会社とかに頼むだろう、と思うのですが。
自衛隊が発足したのは1954(昭和29)年ですから、1950(昭和25)年の琵琶湖国定公園設置より後であることは確実であり、本当は勝手にそんなことはできないはずです。今なら自然公園法違反だので大変な騒ぎになってしまうでしょう。

これとは別に、『瀬田川浚渫と瀬田川洗堰改築の想い出』(建設省琵琶湖工事事務所 1984)に収録されている1971(昭和46)年3月12日の「瀬田川改修史座談会」においては、次のように書かれていました。

「カエル岩というのがありましたね」
「あれは残しましたね」
「あの辺を掘ったのは〇〇君でしたか」
(中略)
「カエル岩をひっくり返してしまったんです。(笑) われわれはよく知らなかったものですからね」
「名所だったんだけどな」
「中山さんですか、あれをひっくり返したのは」
「いえ、あれは今年です」



おいおい、何をしているんや!
1971年の座談会で、「今年」と言っているので、ちょうど先に引用した『大石のあゆみ』が出版された頃にそんなことが起きていたんですね。

一方、『大石のあゆみ』ではこう書かれていました。

長く大石の住民がなじんで地名にまで歌われた蛙岩を損ねることなく、何時の世までも住民とともに安かれと祈るものである。(同書P87)



調べても別に小字ではなさそうなので、「地名」というようなものなのかは分かりませんが、単に「岩の名前」というレベルを超えて、この辺りの通称として南郷、大石の人々には認識されていたのかもしれません。

安かれと祈られたそばから、ひっくり返されてしまった蛙岩。今度こそ安かれと祈るところです。

次は、立木観音前です。
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