青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
宮前橋 みやまえばし
所在地:大津市大石東六丁目
開設年月日:(京阪バス)?
      (京阪宇治交通)1962(昭和37)年11月1日?
廃止年月日:(京阪宇治バス)2008(平成20)年11月1日
付近:宮前橋 大津市立大石小学校
 

鹿跳橋を渡って、大石に入りました。

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北行きと南行きの位置が大きくずれていますが、バス停の所在地はいずれも大石東六丁目です。



大石で〇丁目というのが、私にはまだ違和感があり、「大石〇町」に地番が続くというイメージがあるのですが、さすがに特に大石東など住宅が密集しているところでは、地番では不便だったのか、1999(平成11)年に住居表示が施行されています。

終点の大石小学校バス停より、実は大石小学校に近かったりする宮前橋…。実際、小学校の公式サイトでは、両方のバス停を案内しています。橋の向こうに、大石小学校の校舎が見えます。

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小さい橋ですが、『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』の「鹿跳橋」の項には、大石川の小林橋とともに、この信楽川の宮前橋が昭和39年に鹿跳橋の架け替えと同時に架橋されたという記述がありました。

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「宮前」というのは、この辺りの小字で、信楽川沿いに広がる大石東町の字の中で一番川の下流、最も西寄りに当たります。「宮」はやはり近くの「佐久奈度神社」↓を指しているのでしょうか。

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↓神社の駐車場の大イチョウは秋には見事に紅葉します。

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古くは、お伊勢参りをする人々はこの付近の瀬田川で禊(みそぎ)をする(体を洗い清める)のが習わしだったそうですが、1964(昭和39)年の天ケ瀬ダム完成により、神社の境内の一部も水没し、かなり景観が変わったものと思われます。
因みに、この禊のことを「忌伊勢(おいせ)」と言い、これが訛って「大石」になったと言われます。また、大津市立大石小学校の前身の学校も、明治16年から19年までのわずかな間だけですが、「忌伊勢学校」と呼ばれていました。

↓石山駅方面

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↓石山駅方面バス停を含む全景。北を望む。

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右に曲がると信楽方面です。昔はこの交差点に駐在所がありましたが、今は大石小学校のバスロータリーの近くに移っています。

↓客扱い中のA-1962。1961や1964に比べて見る機会が少ないような気がするのは気のせいでしょうか。

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写真右に見える小さな建物は公衆便所です。更に右に視線を転じると立木観音参拝者用の大きな駐車場があるので、参拝者向けなのでしょう。

↓一方こちらは大石方面のポール。橋の南詰にあります。

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しかし、バカ正直にポールの所で停車させるとまともに橋の上になってしまい、荷重などで問題が生じるためなのか、どのバスもほぼ車体一台分以上橋から大石小学校寄りに、このようにして停車します↓

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↓かつては石山駅方面のバス停ポールも、この辺りにあったようです。

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大石東にはあの忠臣蔵の大石家の菩提寺である「浄土寺」というお寺があります。

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大石庄の下司職を務めたのが、あの大石良雄(大石内蔵助)の4代前の先祖、大石良信です。地名の方が先で、大石家が管理した荘園だから大石ということではありません。あの大石内蔵助の大石は、この大石なのです。
今も浄土寺付近を中心にして、毎年12月第2日曜日に義士祭が行われます。

〔京阪バス〕次は、大石小学校(大石小学校前)終点です。
〔京阪宇治バス〕次は、大石小学校です。
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