青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
52年前の一昨日、1960(昭和35)年4月12日、朝日ヶ丘住宅に初めて京阪バスが乗り入れます。

この路線の廃線跡を辿った時のことは、2010(平成22)年11月24日付拙稿朝日ヶ丘①他で詳述しておりますので、ご興味がおありの方はご覧下さい。

↓52年前の今日、4月14日付読売新聞滋賀版より

S35.4.14Y 朝日ヶ丘‐大津駅開通b



『京阪バス五十年史』の年表や、1984(昭和59)年6月29日付産経新聞の「22年の歴史に幕」という記事の内容から、私はてっきり1962(昭和37)年開通だとばかり思っていましたが、このちっぽけな記事はそれを覆す重大な資料です。
京阪バス社内にも資料が残っていないか、社史編集時に漏らしてしまったため、産経新聞の取材にも、昭和37年と答えてしまっているのでしょう。

↓1975(昭和50)年4月20日 T.F.様撮影

滋22か365②

記事中、「さしあたり大津駅前まで」とあるので、昭和37年9月、市民文化会館延伸時が、これを伝える初めての延長かと思いましたが、1962(昭和37)年9月4日付京都新聞滋賀版では、「これまで浜大津-朝日ヶ丘間を走っていたが」と書かれており、同日付の滋賀日日新聞でも同様の記述があるため、1960(昭和35)年4月12日から1962(昭和37)年9月3日までの間に、一旦浜大津まで延長されたのでしょう。それがはっきり分かる資料は、残念ながら現在見つかっていません。

この記事には、他紙ですが、伏線とも思えるような投書記事がありました。1957(昭和32)年6月1日付京都新聞滋賀版↓

S32.6.1KS 梅林に京阪バス乗り入れ望む(投書)b

梅林(ばいりん)、と書かれていますが、現在の行政上の「朝日ヶ丘」は、『角川地名大辞典 25滋賀県』によると、1967(昭和42)年4月1日に、旧朝日ヶ丘町、旧松本本宮町、旧梅林町、旧月見坂町のそれぞれ一部を合わせて成立したとのことですし、内容から見て、朝日ヶ丘のことと見て間違いないと思われます。

文中の「スター式アパート」は香里団地などでも有名な、いわゆる「スターハウス」のことです。

「私の意見ではなく…」……イヤイヤ、思い切りあなたの意見だろう(爆)。

…こんなに待ち焦がれられても、なくなる時はあっという間ですね。

現在は普通、「交通量」と言うと通過する車の台数のことですが、どうもこの文中で「交通量の問題」とあるのは利用者の数ということのようです。

そして「アパートに住む一主婦」の意見がめでたく通って???バスが開通するまで約3年の月日が流れます。

今そんなテンポで動いていたら、もうみんな車やバイクで出かける流れができ上がってしまって、時既に遅しですね。
いくらモータリゼーションが進んでも、早めに公共交通による流れを作ると、だいぶ違うのではないかと私は思います。
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コメント
この記事へのコメント
今日は!
この記事大変興味深く拝見しました

この時期39年から数年間、下宿屋梅林「うめばやし」町の家の前が松ヶ枝町のバス停だったと思います。今も残ってますか??
定かでありません?。に下宿しておりました。半世紀弱前の事。最近近くであたりを見渡すが、・・バス等の事はやはり思い出せず残念です。

土日には近江バスの名神経由で湖北の実家に帰って
ました。

その両親も他界し10数年・・
懐かしく思い出させていただきました今日の出来事です
随分以前から開設されておりますブログ、ゆっくり最初から拝見させていただきます。

その当時の朝日ガ丘。今のように女性が車に乗る時代でなく、バスの開通をどれほど待っておられたことでしょうネ!
最近の世の変化!凄いですね~~













































2012/04/16(月) 12:49:34 | エーストバレー | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
エーストバレー樣、コメントありがとうございます。

> この時期39年から数年間、下宿屋梅林「うめばやし」町の家の前が松ヶ枝町のバス停だったと思います。今も残ってますか??

…「梅林」という下宿屋さんですか?どうでしょう…。私は松ヶ枝町にはほとんど行ったことがないので、あの辺の風景もぼんやりしか思い出せません。また見ておきます。すみません。

> 土日には近江バスの名神経由で湖北の実家に帰ってました。

やっぱり名神経由のバスは常識なんですね。

> 随分以前から開設されておりますブログ、ゆっくり最初から拝見させていただきます。

お恥ずかしいです。ただ、自分でもだんだん、「こういう感じ」というスタイルができてきたなあ、とは思っています。

> その当時の朝日ガ丘。今のように女性が車に乗る時代でなく、バスの開通をどれほど待っておられたことでしょうネ!

この方は「自分が必要」というよりご主人が、ということのようですが、なんしか、個人で車をもつということが遠い憧れだった時代なんですね。
2012/04/16(月) 20:23:31 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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