青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
中ノ庄 なかのしょう
所在地:大津市中庄一丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:京阪中ノ庄駅 篠津神社 聖愛幼稚園


↓膳所浜田町(刑務所前)を出て古い街並みを歩くこと数分。左に曲がると旧東海道であることが右の電柱の案内標識で分かります。

IMG_0833.jpg

右手の商店は、旧大津市内線があった当時には既にあった…どころか、それよりずっと前の建築のようにも見えます。

昭和37、38年の地図では、この信号が点滅している交差点の辺りにバス停があったことになっています。



↓この交差点を旧東海道とは反対に右に曲がると中ノ庄駅
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正式な町名は「なかしょう」という(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』、日本郵便公式HP、大津市公式HP)ようですが、誰もそんなことを言うのを聞いたことがありません。なかしょう、と読んでしまうと、山陽本線の中庄駅や、湖西線の近江中庄駅をイメージしてしまいそうです。

地名は、中世の粟津荘(あわづのしょう)のに7つあった村(膳所 の中で中央にあったことに由来しているということです。地名辞典を見ると「御徒士(おかち)町」「桜ノ馬場」など城下町らしいたくさんの小字があったらしいことが分かりますが、今は残っていません。

明治22年から膳所村(町)の大字、その後大津市と合併して、膳所中ノ庄町となり、昭和39年から周辺の膳所中津町、膳所桜馬場町などとともに整理されて「大津市中庄」となりました(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県 P515)。
↓この写真は、駅側から五百羅漢、別保の方向を眺めています。

IMG_0841.jpg

石山駅へ向かうバスは、画面左手から出てきて左折し、画面奥の方向に走っていました。
逆に石山駅から来るバスは、画面右手から左手に通り抜けていました。

↓踏切からの眺め。

IMG_0837.jpg

別に乗換は意識されていないと思いますし、そういう需要はほとんどなかっただろうと思いますが、乗り換えられなくはなく、「京阪中ノ庄」といったバス停名だったとしてもおかしくありません。

↓浜大津方面の眺め

中ノ庄?新聞写真定点2

膳所神社前からここまでは、上下線が重なっているのですが、いくら車体が小さめのボンネットバスでもすんなりと離合できたとは思えません。

1967(昭和42)年3月5日付滋賀日日新聞に、ちょうどこの地点で浜大津方面に向かう京阪のボンネットバスの姿をとらえた写真が掲載されていました。

右手に見えているお宅は2011(平成23)年5月の取材時点で、新聞掲載当時そのままの様子なのですぐに分かりました。

浜大津方面に車が小さく見えていますが、新聞の写真でもちょうど同じような位置に車が見えていて、ボンネットバスは大きなお尻が道幅一杯です。著作権が切れていないので、そのままを出すことができないのが残念です。

ここは当時の京阪バスの運転手の間では「魔の場所」とされていて、組合の要求でラッシュ時は整理員を配置していたそうです。

この時はどうも車両制限令で路線バス以外の大型車の通行を制限した直後のようですが、それまでは湖岸道路も未完成で、ダンプカーやバスが列を連ね、時にはこっちが先だ、どけ、といった諍いで交通がマヒすることもあったようです。家の軒を削り取られるのも日常茶飯事。今もほとんど道幅が変わっていませんから、それはこんなところをダンプカーやトラックが通ったらどんなことになるか想像に難くありません。

例外とされていた路線バスも、当時の県警はバス路線の変更は必要という見方を強めていました。

長年続いたバス路線の休止については一般の利用者から賛否両論がわき上がるものと見られる。が、京阪電鉄の石坂線が走っているので、たいした影響はないとの見方が強い。



↓1958(昭和33)年の時点で、既にわざわざここを通らなくてもよいのではないか、という新聞への投稿記事がありました。同年2月15日付京都新聞滋賀版です。

S33.2.15KS 狭い大津の旧国道(投書)b

1968(昭和43)年6月17日大津市内線7.9キロ廃止許可、という記述が、『京阪バス五十年史』の年表にあることから、その実施時期までは分からないものの、遅くとも新聞掲載の翌年には旧大津市内線がなくなったのだろうと思われます。

↓心なしか、軒が短いような気がします。

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↓直線的な道をなるべく作らないようにすることが多い城下町にあって、驚くほどひたすらまっすぐな、瓦ヶ浜、粟津方面の道。石山駅からの復路のバスはこちらを通っていました。

IMG_0826_201311072237335a5.jpg

このまっすぐさから、こちらの方がいかにも旧東海道のようですが、先ほども書きましたように、浜大津方面から来たときには左折する方向が旧東海道ですので、下の写真の眺めが、これから向かう、五百羅漢、別保の方向です↓

IMG_0827.jpg

次は、五百羅漢前
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