青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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泉福寺 せんぷくじ
所在地:大津市国分一丁目
開設年月日:1965(昭和40)年4月22日
付近:国分山泉福寺 大津国分簡易郵便局
キロ程:石山高校前から0.3キロ


国分系統の醍醐味で、京阪バス全体の中でも屈指の狭隘ぶりを楽しめる区間に入って、最初のバス停が泉福寺です。
この系統のみならず、大津管内でも一番好きなバス停の1つです。

↓バスが窮屈そうに角を曲がると、国分の古い街並みが目の前に広がります。

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『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』によると、この寺には、芭蕉の肖像画などの秘宝が所蔵されているとのことですし、『大津のかんきょう宝箱』によると、「芭蕉の硯といわれるものや、芭蕉像、俳人の短冊などが秘蔵されていると言われています」とのことですが、一般に拝観できる寺院ではないので、詳細は分かりません。拝観寺院ではないのにバス停名に選ばれたということは、地元では古くから親しまれているのでしょう。

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↓近くの案内板にも同様の説明があります。

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"there are preserved"なんて凝った訳をつけるなあ。最初 本当にこんな表現あるかな?と思いましたが、英米のYahoo!で検索しても同じような表現が多数ヒットするので、普通に使われるのでしょう。

1972(昭和47)年4月28日付読売新聞滋賀版の「わが町再見」は「国分」が取り上げられています。記事には、泉福寺の写真が掲載されています。写真には特に泉福寺だという説明はありませんが、恐らく、国分在住の方、出身の方や京阪バスの運転手さんなら誰でもすぐに泉福寺だと分かると思います。食パン型の古いタイプの京阪バスのバス停も写っています。

当時の国分町方面のバス停は、今より数m石山寄り、掲示板の少し右手にあったようです↓

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記事中、604世帯、2189人とされている国分の人口は、平成26年4月1日現在6253人と約3倍に膨れ上がっています(国分一丁目・二丁目の合計)。

音羽山系の高台の町で、農業が主体だったが、畑地はどんどん宅地化され、わずかに残る農家もすべて兼業。数年内に住宅で埋まるのは確実だ。



と記事にありますが、その予想通りです。

新幹線と名神高速道路が百メートルにも満たない間隔で並行。(中略)
「昔は空気の良い静かな町だったのに、文明の発達がうらめしい。これだけ騒音と振動の迷惑をかけながら、新幹線を利用するには不便だし、大津のインターチェンジまでは遠すぎる。背後の大平山には大団地がつくられたため、交通量もケタ違いにふえた」
と住民は嘆く。



しかし、この古くからの国分の「メインストリート」と思われるバス通りから一歩奥に入ると、まだこのような農地が残っています↓

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↓W-3016の国分団地行きがやってきました。

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どこで撮ると道の狭さと、街の雰囲気が伝わるかな、とこだわって撮った1枚です。50年前、ボンネットバスもこうして走っていたのでしょう。

現在の国分町方面のバス停は、泉福寺の南隣の駐車場の脇にあります↓

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石山駅方面とともに、ここ30年ほどは位置が変わっていないようです。

長くなりそうなので、ここで一旦区切って、続きは次回にさせて頂きます。
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